第12話『明日の君に花束を』

PART 4

花帆
~♪
ねえ、花帆……本当に?
ここはもう、蓮ノ空の敷地外よ。
外出届だって、出していないのに……。
花帆
もしバレたら、怒られちゃいますね。
私、こんなことをしている場合じゃ……。
ごめんなさい、花帆。
帰って、曲を作らなくっちゃいけないの。
作らなきゃ、間に合わないのよ。
ぜったいにいいものを作るって、決めたんだから……。
花帆
……梢センパイ。
花帆
今夜だけ、今夜だけでいいんです。
……。
花帆
ラブライブ!の決勝大会前。
あたしは梢センパイのことを信じて、みんなの練習に参加してきました。
花帆
だから……今度は梢センパイも、花帆のこと、信じてくれませんか?
花帆
お願いします。 今夜だけ。
……わかったわ、花帆。
花帆
えへへ、やったぁ!
花帆
実はあたし、1度やってみたかったんです。
梢センパイと、夜の逃避行……!
花帆
脱走ですよ! 夢の脱走!
なんだかあなたの願いを叶える催しになっていないかしら……。
花帆
ち、違いますよぉ!
あたしはあくまでも、梢センパイのことをしっかりと考えて!
花帆
根詰めるだけじゃ、いいものはできませんってぇ!
その言葉自体は、一理あると思うけれど。
花帆
でもでもあたしもぉ、
ラブライブ!優勝のためにぃ、いっぱいがんばりましたしぃ~。
まったくもう……。
……ふふっ、それじゃあ、104期スリーズブーケ最後の曲を作るために、
ふたりで、少しだけ悪いことをしましょうか。
花帆
……はいっ!
……こういうゆったりとした時間は、なんだか久しぶりだわ。
ここ最近、ずっと、もがいてばっかりだったから。
花帆
それはよかったです。
駆け落ちって、いいものですね!
それはちょっと違うと思うけれど……。
そういえば、あなたに初めて会ったときも、驚かされたわね。
髪や制服に葉っぱをつけた一年生が、森の中から転がり出てきたんだから。
花帆
しかもそのあと、カワウソちゃんを見て、足に力が入らなくなって……。
抱きかかえて、保健室に連れていこうとしたわね。
花帆
あたしもびっくりしました。
上級生ってこんなにオトナなんだー! って。
今のあなたは、あの頃の私より、もう1才近く年上なのよ。
花帆
ええ~……? ますますびっくりですね……!
あたし、下級生をお姫様抱っこ、できるかなあ……?
ふふっ……いろんなことがあったわね。
花帆
……ですねえ。
花帆
この際だから聞いちゃうんですけど。
花帆
梢センパイは、最初あたしをマネージャーに誘ってくれましたけど、
どうして『スクールアイドル一緒にやろう』って、
言ってくれなかったんですか?
それはきっと、あなた自身に選んでほしかったから、かしらね。
初めて見たとき、あなたは眩しくて……。
今思えば、私が憧れたスクールアイドルに、どこか似た雰囲気を感じたの。
だから、あなたとユニットを組めれば、
ラブライブ!優勝を目指せるような気がした。
けれど、そのためだけに新入生を勧誘するのは、
あまり気が進まなくて……。
中途半端だったのよ。
ぜったいに優勝してみせるって、決意していたはずだったのに。
花帆
違いますよ。
梢センパイのそれは、優しさっていうんですよ。
花帆
スクールアイドルが大好きだから、
その人にもめいっぱい楽しんでほしい、っていう。
……花帆に言われると、
なんだか本当にそうだったような気がしてくるわね。
花帆
へへへっ。
花帆
どうですか、梢センパイ。 ドキドキしてきました?
そうね……。
学校から、ずいぶん離れてしまったものね。
花帆
ふふふ。 あたしもドキドキしてます。
ところで、どこか目的地に向かって移動しているみたいだけれど。
いったい、どこに向かっているのかしら。
花帆
まだナイショです。
花帆
この脱走は、あたしと梢センパイの2年間を振り返る旅でもあるんですよ。
ほら、見てください、あの公園。
花帆
ステージから落ちそうになったあたしを、
梢センパイがかばってくれたときの公園です。
……懐かしいわね。
でも、私にとっても花帆にとっても、
あまり振り返りたい思い出では、ないんじゃないかしら。
花帆
それは確かにそうですね……。
チョイスを間違ったかもしれません……。
ま、まあ、広い目で見れば、私と花帆が
本当の意味でスリーズブーケになれたきっかけの出来事、かしらね。
花帆
あたしがスクールアイドルノートを見て、大倉庫に向かって……。
花帆
あのあとすぐに、梢センパイが『日野下さん』から『花帆さん』
と呼んでくれるようになったんですよね。
そうだったわね、花帆さん。
花帆
懐かしい感じがします!
日野下さん、なんて、もう遠い昔みたい。
花帆
そういえば、梢センパイが卒業した後は、
あたしはなんて呼べばいいんでしょう……?
花帆
もう蓮ノ空のセンパイではなくなるわけですし……。
好きに呼んでくれて構わないのよ。
花帆
梢さん!
ええ。
花帆
梢ちゃん!
ちょっと、くすぐったいわね。
花帆
梢!
意外なところが来たわね。
花帆
こずたん。
それはやめて。
花帆
うーん……やっぱり、梢センパイは梢センパイです!
花帆
卒業しても、スクールアイドルと人生のセンパイであることは、
間違いありませんからね。
花帆
梢センパイには、本当にたくさんのことを教えてもらいましたから!
花帆
あたし、梢センパイが作る伝説のスリーズブーケの曲も、楽しみです!
……そうね。 がんばらなくちゃ、いけないわね。
花帆
そのためにも! あっ、ほら、梢センパイ、バスが出ますよ。
乗りましょう、乗りましょう!
はいはい。
今夜の私は、花帆のものだものね。
花帆
そうですよ! 花帆の時間です!
花帆
見てください。 いよいよ駅まで来ました!
もうこんなところまで来たのね。
なんだか、あっという間だった気がするわ。
花帆
ずっとお喋りしてますもんね。
いろんなことがあった2年間を、今夜だけで振り返るのは、難しいわね。
花帆
だったら毎晩、脱走しますか!?
それは、ちょっと。
お話なら、部屋でもできるでしょう。
夜の散歩は心地よいけれど、さすがにいつかは見つかっちゃうわ。
花帆
そっかぁ、そうですよねえ。
花帆
このまま時間が止まればいいのに……なんて言ったら、
梢センパイに笑われちゃいますかね。
花帆
『だめに決まっているでしょう。
帰って曲を作らなくっちゃいけないんだから』……って!
……それも、いいかもしれないわね。
花帆
というわけでーータクシーに乗って、到着です!
花帆
わー! そろそろ夜が明けちゃいそうですね、センパイ!
ここは……。
花帆
あたしと梢センパイの思い出の場所と言ったら、やっぱりここですよね!
花帆
去年、スクールアイドルクラブのみんなと一緒に、
ラブライブ!優勝を誓った、この場所です!
花帆
梢センパイがあたしのことを認めて、
花帆って呼んでくれたの……すっごく、嬉しかったんですからね。
花帆
あたしにとっては、とても大切な、思い出の場所です。
花帆
梢センパイにとってもそうだったら、いいな。
……もちろん、大切な場所よ。
だって、私の夢はラブライブ!優勝で……
そのためだけに、ずっと、ずっと、走り続けてきて……。
そして、私は……その先は……。
花帆
ね、梢センパイ。
花帆
梢センパイが夢を追いかけるまっすぐな気持ちに、
あたしはずっと憧れてました。
花帆
こんな風に花咲きたいって、あたしも思ったんです。
花帆
スクールアイドルをする梢センパイの姿はいつでもキラキラしてて……。
すごく、きれいで……。
……花帆。
花帆
梢センパイは優しいから、きっといろんなことを考えすぎちゃったんです。
花帆
いったんぜんぶ忘れて、梢センパイが本当に好きな歌を作ってください!
花帆
そうしたら、今回だって、きっと大丈夫ですよ!
花帆
スクールアイドルに燃える梢センパイは、夢を追いかけるセンパイは、
いつだって花帆の憧れですから!
花帆
この、ふたりだけの夜が明けたらーー。
花帆
ーー次は、どんな夢を見ましょうか?
っーー。
ああ……そうだったのね。
だから、私は曲が書けなくなったんだわ……。
だって、私の夢は……もう……。
花帆
梢センパイ?
今夜は楽しかったわ、花帆。
本当に、素敵な夜だった。
だから、そろそろ帰りましょう。
私たちの……蓮ノ空に。