第12話『明日の君に花束を』
PART 3
梢 | ごめんなさい、待ったかしら? |
吟子 | い、いえ! 今来たところです! |
梢 | きょうは、私に1日付き合ってくれる? |
吟子 | は、はい! |
吟子 | ええと、コンサートと、ライブと、オペラでしたよね。 |
梢 | ええ。 とにかく、外からいろんな刺激をもらおうと思って。 ハードなスケジュールだけれど、よろしくね。 |
吟子 | はい、大丈夫です。 それで、あの……えっと……。 |
吟子 | 実は、きょうは、お弁当を作ってきたんです。 |
梢 | あら……吟子さんが? |
吟子 | はい。 どうにか梢先輩に元気を出してほしいと思い、部のみんなに相談して。 |
梢 | 小鈴さんや、姫芽さんかしら。 |
吟子 | いえ……。 あの子たちに言うと、面白がって3回に1回はからかわれてしまうので……。 |
梢 | 仲がいいのね。 さすが、蓮ノ小三角。 |
吟子 | そ、そういうんじゃないです。 だから、先輩方に聞いてきました。 そうしたら……。 |
さやか | それなら、おいしいごはんを食べるのがいちばんですよ。 |
瑠璃乃 | うんうん! もしあれだったら、お弁当手作りとかしちゃう? |
さやか | 素敵ですね。 それなら、わたしもお手伝いします。 |
吟子 | なので、もしご迷惑でなければ。 |
梢 | ……嬉しいわ、吟子さん。 |
梢 | あなたのそういう、しっかりと事前に準備をしたり、 いろいろと用意をしてくれるところは、本当に頼りになるわね。 |
吟子 | あっ……ありがとうございます。 |
吟子 | それじゃあ、その……。 |
吟子 | きょうは吟子お姉ちゃんと一緒に、がんばろうね、梢ちゃん。 |
梢 | 待って。 今のは……。 |
吟子 | ど、どうかしたの? 梢ちゃん。 |
梢 | そういえばさっき『先輩方』にアドバイスをもらった、って言ってたかしら。 もしかして。 |
吟子 | はい。 綴理先輩と慈先輩にも聞いてきました! |
慈 | 梢を元気づけたい、ねえ~。 |
綴理 | そういえばこず、前にお姉さんがほしいって言って、 るりのこと『瑠璃乃お姉ちゃん』って呼んでた。 |
慈 | いいじゃんそれ☆ 吟子ちゃんも1日お姉ちゃんになってあげなよ☆ |
吟子 | って。 |
梢 | 吟子さん、あなたの好意は嬉しいわ。 でも私は大丈夫だから。 |
吟子 | あっ……。 慈先輩が、 『梢が“大丈夫”って言ったら、それは照れてるだけだから~☆』って……。 |
梢 | はぁ……もっと早くに注意するべきだったわね、吟子さん。 あなたは、ろくでもない上級生ふたりに、からかわれてしまったのよ。 |
吟子 | そんな……。 あのおふたりが、そんなことを……? |
梢 | するのよ。 私相手には。 |
吟子 | ああ……仲いいですもんね。 さすが、蓮ノ大三角。 |
梢 | この話は、ここまでにしましょう。 コンサートに行く前に、疲弊してしまいそうだわ。 |
吟子 | えと……。 では、1日お姉ちゃんは? |
梢 | しなくていいから! |
吟子 | すごくきれいな演奏でしたね。 |
梢 | ええ、特にフルートとオーボエの掛け合いが絶妙だったわ。 バイオリンのソロも、まるで歌っているみたいで。 |
梢 | 作曲にも、活かせる部分がありそうね……。 ごめんなさい、少しメモを取っていてもいいかしら。 |
吟子 | はい、もちろん。 |
梢 | ふぅ……お待たせしたわね。 |
吟子 | いえ、こちらも準備ができたところです。 |
梢 | まあ……素敵なお弁当だわ。 |
梢 | おにぎり、肉じゃが、きんぴらごぼう。 卵焼きに、これは揚げ出し豆腐かしら。 |
吟子 | はい。 梢先輩が、お豆腐が好きだと聞いたので。 |
梢 | これだけ作るのは、大変だったでしょう。 |
吟子 | さやか先輩と瑠璃乃先輩も、手伝ってくれましたから。 |
吟子 | 蓮ノ空に来てからは、久しぶりに腕を振るいました。 あ、でも昨年末は、おばあちゃんと一緒におせちを作ったんですよ。 |
梢 | そう……。 先生は、お元気? |
吟子 | はい! 口ではあんまり素直じゃないですけど、 7月以来、すっかりスクールアイドルクラブに夢中ですよ。 |
梢 | ふふっ……誇らしいわね。 |
梢 | ……ラブライブ!優勝で、少しは先生に恩返しができたかしら。 |
吟子 | 蓮ノ空の名前を、たくさんの人に知ってもらえたと思います! |
梢 | だとしたら蓮華祭はなおさら、みっともないことは、できないわね。 |
梢 | ちゃんとスランプを乗り越えて、曲を完成させなきゃ……。 |
吟子 | あっ……、次はロックバンドのライブでしたね。 私も普段、触れることのない文化なので、楽しみです! |
梢 | ……そうね。 お弁当を味わったら、次へ向かいましょうか。 |
吟子 | はい。 物販列に並んで、Tシャツやタオルを買わなきゃですもんね。 |
梢 | ええと……吟子さんは、ライブはよく行くのかしら? |
吟子 | いえ、今まで一度も。 この日のために、しっかり調べてきました。 |
梢 | そう……。 あなたは本当に真面目で、いい子ね……。 |
吟子 | きょうは……なんだか、とても素敵な1日でした……。 |
梢 | ライブ、オペラと続けて参加して、疲れたでしょう? |
吟子 | いえ……これも、蓮ノ空で梢先輩と出会っていなければ、 できなかった経験だと思いますので。 |
吟子 | 帰ったら、花帆先輩に自慢してやりたいぐらいです。 |
梢 | ずいぶんと騒がしくなりそうね。 |
吟子 | ですよね。 花帆先輩、梢先輩のこと大好きだから。 ふふっ。 |
梢 | 私も、きょうはたくさんの刺激がもらえたわ。 音楽は様々で、表現も様々……。 |
梢 | そんな当たり前のことを、忘れていたみたい。 |
吟子 | メモもたくさん取ってましたもんね。 これだけがんばったんですから、きっと、大丈夫ですよ! |
梢 | ええ、そう思うわ。 行き詰まっていた迷路に、ようやく光明が見えた気分。 |
梢 | あなたと一緒に感想を話し合えたことも、大きかったわね。 ひとりじゃ気づけないことも、たくさんあったもの。 |
梢 | 付き合ってくれて、ありがとう。 |
吟子 | お役に立てたなら、なによりです! |
梢 | そういえば、改めて聞いたことはなかったわね。 吟子さんは、これからどうするの? |
梢 | ほら、あなたはラブライブ!を優勝することが夢だと言って、 部に入ってきたでしょう? |
吟子 | あ、そうですね。 |
吟子 | 私は、んー……。 |
吟子 | 梢先輩とは違って、蓮ノ空と、金沢の伝統文化を 世間に知らしめるために、ラブライブ!を目指していたので。 |
吟子 | 活動内容としては、これから先も変わらないかなと、思います。 むしろ、蓮ノ空に注目してもらっている今が、がんばり時かな、って。 |
梢 | そう。 |
吟子 | 梢先輩は、どうですか? ラブライブ!に優勝して、夢を叶えたお気持ちは。 |
梢 | ……もちろん、最高の気分よ。 |
梢 | みんなの力でつかみ取った夢だもの。 |
吟子 | すごいですよね、3年間も挑戦し続けて、 そして最後の年に優勝を果たすなんて。 |
吟子 | 本当に、全世界のスクールアイドルの、憧れですよ。 |
梢 | ……そうね。 |
梢 | 憧れ……。 でも、本当に……そうなのかもしれないわね。 |
梢 | ……はぁ。 |
梢 | やっぱり、書けない……。 |
梢 | あんなに素晴らしい音楽をたくさん味わってきて、 吟子さんにもあれだけ付き合ってもらったのに……。 |
梢 | 何日経っても……。 |
梢 | 嫌になるわね……。 もう少しで、卒業なのに……。 |
梢 | 私を救ってくれたあの子たちに、せめて曲を遺したいのに……。 |
梢 | ……はぁ。 |
梢 | ……どうぞ。 |
花帆 | 梢センパイ! |
梢 | ……どうしたの? もう、消灯よ。 |
梢 | 吟子さんから話を聞いて、ヤキモチを焼いてきた? |
花帆 | じゃないですー! |
花帆 | あたしもマジメに考えてきたんです! 梢センパイのスランプをどうにかする秘策を! |
花帆 | 梢センパイ、これからあたしに付き合ってください! |
梢 | これから……って。 あなた、体調は? |
花帆 | もうばっちりです! |
花帆 | 梢センパイは作曲で部屋にこもってるから知らないかもですけど、 練習だって復帰してますから! |
梢 | だったら、いいけれど……。 でも、なにをするの? |
花帆 | ここ最近はずーっと忙しかったですよね。 |
花帆 | 竜胆祭とラブライブ!予選から始まって、ビッグボイス選手権、 慈センパイの激闘、北陸大会に、ラブライブ!決勝大会……。 |
梢 | え、ええ、そうね。 |
花帆 | そして来月には、蓮華祭! |
花帆 | 104期スリーズブーケ集大成の曲も作らなくっちゃいけないですし、 ずーーっと気を抜けない日々です。 |
花帆 | こんなの、いくら梢センパイでも、疲れちゃうに決まってます! |
梢 | そ、そうかしら……? |
花帆 | はい。 あたしは知ってますから。 |
花帆 | 梢センパイは人より少しがんばり屋さんなだけで、 スーパーマンでもなんでもなくて。 あたしたちと変わらないんだって。 |
花帆 | なので、行きましょう! |
梢 | 行くって、どこに? |
花帆 | 今夜は、センパイの背負ってる荷物、ぜーんぶ置き去りにしちゃって。 |
花帆 | あたしと、駆け落ちしましょう! |
梢 | か、駆け落ち……? |