第8話『Not a marionette』
PART 6
綴理 | すず……来てくれても、何もあげられないよ……? |
小鈴 | 大丈夫です! 徒町は綴理先輩を笑顔にするチャレンジをしに来ました! |
綴理 | ……そっか。 ありがと。 ボクは、笑えるよ。 |
小鈴 | それならチャレンジ成功です。 |
綴理 | ……すずが居るから、笑えるんだ。 |
小鈴 | ぁぅ……。 |
小鈴 | えっと、その。 どう、したんですか? 綴理先輩。 |
綴理 | ……あのね。 |
綴理 | ……ボクは、スクールアイドルになりたかった。 |
綴理 | 中学までのボクは、言われるがままに、 独りでただ踊ってただけだったから。 |
綴理 | 苦しいと思ってるだけなのに、それが凄いって、 ボクにもよく分からないところで持ち上げられて……ずっと、独り。 |
綴理 | だから、スクールアイドルに憧れた。 |
綴理 | スクールアイドルが、夢だった。 スクールアイドルに、なれたんだ。 この場所で。 |
綴理 | それでいいと思ってたし…… 未来にも、ボクの頑張れる場所は、あるんじゃないかって思った。 |
綴理 | でも……違うんだ。 違ったんだ。 ボクだけがスクールアイドルになっても、意味がない。 |
綴理 | ボクがスクールアイドルで居られるのは、大好きなみんなが居るから。 ボクが好きなスクールアイドルは、みんななんだから。 |
綴理 | ふう……ショックだったんだ。 ボクはさっき気付いたよ。 |
綴理 | ボクはあのスクールアイドルの部室が、 みんなが居る部室にいられるのが好きだったんだ。 |
綴理 | ボクはここから居なくなる。 ボクがこの子を連れて行けば、この子も部室とお別れ。 |
綴理 | ボクもこの子も部室に居る、 いつもみたいにみんなと居られる瞬間は……もう少ない。 |
綴理 | 未来に、すずも、さやも、みんなもいない……。 ボクの周りから、誰も居なくなっちゃうんだ。 |
小鈴 | ……。 |
小鈴 | じゃあ、時間を止めるっ……チャレンジ……。 |
綴理 | ふふっ……ありがと。 |
綴理 | 時計は、残酷だ。 |
小鈴 | ううううう……! |
小鈴 | 時間、止まれええええええええ!!! |
綴理 | ……すず。 |
小鈴 | 止まれ! 止まれ!! 綴理先輩が……綴理先輩が泣いちゃうよぉ……! |
綴理 | っ……。 |
綴理 | ……ありがと、すず。 ほんとに……ありがと。 |
さやか | ……綴理先輩。 小鈴さん。 |
綴理 | さや……。 |
さやか | 扉の向こうまで聞こえてましたよ。 小鈴さんの声が。 |
どうにもならない悔しさに、さやかに抱き着く小鈴。 | |
小鈴 | はぁ、はぁ……さやか先輩ぃ……。 |
そっと抱き留めながら、さやかは顔を上げて綴理を見る。 | |
さやか | 小鈴さんのまっすぐさは、 いつだって、わたしたちの心に沁みますね。 |
綴理 | ……うん。 本当に。 いつまでも……見ていたいよ。 |
さやか | そうですね。 わたしも、同じ気持ちです。 |
さやか | わたしも、小鈴さんも、みなさんも。 ……綴理先輩のことを、ずっと見ていたい。 |
綴理 | ボク……? |
さやか | スクールアイドル夕霧 綴理を、ですよ。 |
綴理 | っ……さや。 それが、もうできないのは、つらいよ。 |
さやか | ……。 綴理先輩。 |
さやか | わたしは、綴理先輩はご自身がスクールアイドルで居続けたいのだと、 思っていました。 |
さやか | そしてそれなら……卒業後も、気持ちのありようではないかと。 |
さやか | 職業体験で、この3年間培ったあなたの経験が発揮されていたこと…… それは、わたしにとっては確信でしかありませんでしたから。 |
綴理 | うん……ボクも、ボク自身がスクールアイドルでなくなってしまうのが、 怖かった。 でも。 |
さやか | はい、でも違った。 |
さやか | あなたがスクールアイドルで居られるこの場所から離れること…… この場所から、あなたの好きなスクールアイドルが去っていくこと……。 |
さやか | それが、怖かった。 |
綴理 | ……うん。 |
さやか | わたしたちに、それはどうしようもありません。 |
綴理 | っ……分かってる。 分かってるよ。 それが、正しいってことも。 |
小鈴 | ただしいから、なんだぁ……! |
綴理 | すず……。 |
さやか | ……ふぅ。 |
綴理 | ボクは、どうすればいいの? |
さやか | ……それを、わたしが決めることはできません。 |
綴理 | どうして? ボクは、さやとなら……。 |
さやか | わたしだって……。 |
綴理 | さや? |
さやか | わたしは、綴理先輩の幸せを一番に願っています。 |
綴理 | そんなの、分かってる。 分かってるけど。 |
さやか | じゃあ、先輩。 わたしが明日死んだらどうするんですか? |
綴理 | ……へっ? |
小鈴 | さやか、先輩? |
さやか | あり得ないことじゃないでしょう。 明日の自分がどうなるかなんて、 分かったものじゃないんですから。 |
さやか | 明日にはわたしは居ないかもしれません。 その時、綴理先輩はどうするんですか。 |
綴理 | さや、が……。 待って、待ってさや。 聞きたくない、苦しい。 |
さやか | たとえあなたが溺れそうになったとしても、 言わなきゃいけないじゃないですか! |
さやか | わたしだけじゃありません、 小鈴さんも……みんなだって同じことです。 |
さやか | どんなに一緒に居るって言ったって、 未来に何が起こるかは分からないんですよ! |
小鈴 | さやか先輩! 綴理先輩がっ……。 |
綴理 | ……うぅ。 |
小鈴 | さやか先輩、そんなの極論じゃないですか! |
さやか | ……。 |
綴理 | ……さや。 |
綴理 | だったら、なおさらずっと一緒に居ようよ。 明日も明後日も、何も……取りこぼさないように。 |
さやか | それをいつまで続けられると思うんですか。 仕事も、家でも、ずっと一緒なんてできませんよ。 |
綴理 | っ……でもっ。 |
さやか | そこでわがままには、なれないんですよ。 この先ひとりになったら、どうするんですか。 |
綴理 | 独りっ……! |
綴理 | そ、そんなの……ボクは、ボクは……。 |
綴理 | ……どうして? |
綴理 | どうしてそんなひどいこと言うの!! |
さやか | っ、たとえわたしがあなたにどう思われても、 それがいつか来ることだからですよ! |
綴理 | もしもそんなときが来たら、 ボクはもう消えてなくなるしかない!! |
さやか | っ、あなたがそんなだから今言いたくもないこと言ってるんです! |
綴理 | 言いたくないなら言わないでよ! |
さやか | っーーこのっ。 どうして分からないんですか!! |
綴理 | 分からないよ!! 分かりたくもない!! 置いていくなら、振り返らないでよ!! |
さやか | 違う! たとえひとりになったあとでも、あなたがつらいのは嫌なんです! |
さやか&綴理 | はぁ……はぁ……。 |
綴理 | ……なんで。 居なくなるのに、なんで。 |
さやか | ……たとえ誰もいなくなったとしても、 それでもあなたには、幸せになってほしいからですよ。 |
綴理 | それでも、幸せに……。 |
さやか | それが達成されるなら、もうあとはなんでもいいんです。 |
綴理 | 難しいことを言う。 とても、難しい……。 |
小鈴 | ……でも、徒町も、そう、思います。 |
小鈴 | ……たとえ何があったとしても、 これから先、綴理先輩が笑ってたらいいなって。 |
小鈴 | さやか先輩も。 みんなも。 |
綴理 | ……無理だ。 みんなと離れても幸せなんて。 |
綴理 | ボクにそんな力はない。 ないよ……。 |
綴理 | ……ああ。 さやが言いたいこと、分かった気がするよ。 |
綴理 | ボクは、これから……ボク自身を、幸せにしなきゃいけないんだ。 |
さやか | そう、ですね。 きっとそれが、わたしの望みです。 |
綴理 | そっか、そうなんだね。 |
綴理 | ボクはこれから、ボク自身で何かを決めなきゃいけないのか。 |
綴理 | それは、大変だ。 本当に……大変。 正しいか分からないことをするのは……。 |
小鈴 | ……綴理先輩! |
小鈴 | でも、忘れないでください! 独りじゃないです! いつだって! |
小鈴 | こうしたいと思って失敗することは、 ほんとのほんとに、たくさんあるけど……。 |
小鈴 | 一緒に居る誰かを捕まえることだって、 綴理先輩のチャレンジなんですから! |
綴理 | ……うん。 ありがとう。 |
綴理 | じゃあひとつ、わがまま良いかな。 |
綴理 | ボクが……未来に進むために、 必要なことがしたいんだ。 |
綴理 | それがボクの……最初に、自分で決めて、やりたいことだ。 |
さやか | ……はい。 なんでも。 |