第8話『Not a marionette』
PART 3
寮母さんが仕事の説明をしてくれる。そのうえで、さやか・綴理のふたりで実務にとりかかるイメージ。 | |
既にデスクに座っている綴理とさやかが、改めて正面から説明を受けている構図。 | |
寮母 | さて、夕霧さん、村野さん。 市役所の方々は、快く職場体験を受け入れてくださいました。 |
綴理 | ありがと、寮母さん。 |
寮母 | ふふ、珍しい頼み事でしたし…… 生徒が未来のために何かがしたいということですから。 |
寮母 | 学校にもきちんと許可はもらえました。 |
さやか | お気遣いいただき、ありがとうございます。 本日はよろしくお願いします。 |
寮母 | いえ。 もちろん友人のツテがあったというのはありますが……。 |
寮母 | 許可をもらえたのは、これまで金沢での、 あなたたちスクールアイドルクラブの活躍があったからです。 |
寮母 | 積み重ねた信頼を、ふいにしないよう気を引き締めてくださいね。 |
綴理 | これまでの、スクールアイドルクラブの……。 |
綴理 | 分かった。 |
寮母 | 今日やるのは、シンプルなデータ入力の仕事です。 といっても、市民の皆さんのために必要な仕事には変わりありませんから、 精一杯やるように。 |
さやか | はい。 ……一緒に頑張りましょうね、綴理先輩。 |
綴理 | ん。 データ入力なら、ボク、できるかも。 |
時間経過のイメージ。 | |
さやかが座ってデータ入力をしていると、とぼとぼと綴理が戻ってくる。 | |
さやか | 綴理先輩、調子はどうですか? |
綴理 | さや……。 |
さやか | あれ、どうしました? 迷子になってましたか? |
綴理 | いやちが、ボクなんなの。 そうじゃなくてその。 ……ボクなんなんだろう。 |
さやか | ええ!? えっと、入力はちゃんと出来たんですよね? |
綴理 | うん、そのつもり。 でもやったことを書く報告書? が全然うまくいかなくて。 |
さやか | 報告……ああ、これですか。 何をやったか職員の方に伝わるよう残しておく……。 |
綴理 | 何度も、これじゃダメって言われちゃってて。 |
さやか | 何度も、ですか。 ちょっと拝見しますね。 ……あー、これは。 |
綴理 | ボク、やっぱりダメ……? |
さやか | 『データ入力を頑張りました。 そんなに難しくなかったです』だと…… 仕事の報告ではないですね……。 |
綴理 | ……。 |
さやか | わたしの方もすぐに片づけますから、ちょっと休んでてください。 あとで一緒に見ますよ。 |
綴理 | ん……ごめん。 |
さやか | あー……せっかくですから、 ほかの皆さんのお仕事を見て回ると、気分転換にいいかもしれませんよ。 |
さやか | 色んな仕事がありますから。 |
綴理 | そっか、分かった。 ……じゃあ、そうするね。 |
とぼとぼと去っていく綴理の背中をさやかが見送る。 | |
さやか | ……早く終わらせて、綴理先輩のお手伝いをしないと。 |
さやか | …………ほんとはそれじゃ、ダメなんですけどね。 |
綴理 | ……やっぱり、ボクはできないことは全然まったくできないんだね。 |
綴理 | すず、きみが眩しいよ。 どんなに難しくても、まっすぐ進んでいくきみが……。 |
綴理 | ボクは、できなそうだって分かると…… みんなに申し訳なくなって、指先まで凍るんだ……。 |
俯く綴理が、顔を上げて周囲を見渡す。 | |
綴理 | この辺は受付、かな。 みんな、色んな話をしてる。 難しい……。 |
綴理 | 社会科見学……と言っても、話しかけていいのかな。 |
金沢市民 | すみません……少し良いですか? |
綴理 | えっ、ボク? |
金沢市民 | あ、はい。 子育て支援課ってどこだろうと思いまして……。 |
綴理 | えっと……。 ん、任せて、こっちだよ。 |
綴理と市民が一緒に課に向かうイメージ。シーン転換。 | |
綴理 | ここが、子育て支援課? のはず。 |
金沢市民 | すみません、助かりました。 ……ふう。 |
児童福祉課の受付に向かう市民を目線で見送る綴理。 | |
綴理 | ……? 大丈夫かな。 |
時間経過の演出。 | |
綴理が、座っている市民の顔を覗き込むイメージ。 | |
綴理 | やほ。 |
金沢市民 | ……あれ、あなたはさっきの。 |
綴理 | なんだか疲れてるみたいだから、気になったんだ。 |
金沢市民 | 疲れてる……すみません、お恥ずかしい限りで。 いえ、みんな頑張ってるんだから、弱音なんか吐いてちゃダメなんですけど。 |
綴理 | そう? 大変なのは、恥ずかしいことなんかじゃないよ。 |
金沢市民 | ……ありがとうございます。 |
綴理 | どうしてそんなに、疲れてるの? |
金沢市民 | 子どもがふたりいるんです。 双子で……頼れる親戚もいないので、ひとりで頑張らなきゃいけなくて。 |
金沢市民 | ……で、でも、それだけです。 他の人と比べたら、私の大変さなんてよくあることくらいのものですから! |
綴理 | んー……。 |
綴理 | べつに、他の人とか関係ないよ。 |
金沢市民 | えっ? |
綴理 | つらいなら、つらいって言って良いんだ。 |
金沢市民 | ……。 |
綴理 | ボクにはきょうだいとか居ないから、 ほんとのところの大変さは分からないけどさ。 |
綴理 | でも、支え切れないならそう言っていいんだよ。 子どももきっと、自分が負担になってると思うと……つらいはずだ。 |
金沢市民 | 子どもも、つらい……ですか。 |
綴理 | ボクは少なくとも、親に大変そうな顔で『忙しくてごめん』って言われると、 ボクのせいかなって思ってたから。 |
綴理 | あなたには、元気でいてほしい。 |
金沢市民 | ……そう、ですね。 ありがとうございます。 私ちゃんと、自分が大変なこと、つらいこと、 担当の方に相談しようと思います。 |
綴理 | うん、それがいいよ。 |
金沢市民 | はい、ありがとうございました。 少なくとも今、元気は出ましたから。 |
綴理 | ん、良かった。 |
綴理 | じゃあ、ばいばい。 |
手を振って市民と別れる綴理。 | |
綴理 | ふう。 ……ん? キミは……キミも、ボクに話? 何か、困ったことあった? |
時間経過の演出。 | |
さやか | ……居た! ……綴理せんぱーい! |
綴理 | うん。 だからキミも大丈夫。 今が大変なのは分かるよ。 |
綴理 | でも、キミが頑張ってることも分かるから。 胸を張ってほしい。 みんな見てるし、ボクも見てるから。 応援してる。 |
そう言ってひらひらと手を振る綴理。 | |
さやか | あれ、なんで受付業務を……? |
綴理 | じゃあ次の人どうぞー。 |
さやか | しかもなんか、並んでる!? |
綴理 | そっか、お隣さんとの関係に困ってる……うん、分かった。 ボクも話してみるよ。 できる限りのこと、してみるね。 |
綴理 | キミは……あれ、ここの職員さん? 人間関係の悩み……だったらさ、今度一緒にボクたちのライブ見に来て。 きっと、一緒にすっきりできるよ。 |
さやか | ……得意不得意はあると思ってましたけど。 やっぱり綴理先輩は、わたしの助けがなくても、 ちゃんとできることはあるんですよ。 |
さやか | 全然ダメなんてこと、ないじゃないですか。 |
綴理 | はーい、次の人どうぞー♪ |
時間経過の演出。 | |
綴理が列を消化したあとを映す。 | |
綴理 | ふう。 これで終わりかな。 みんなの悩みが、解けたらいいな。 |
さやか | 綴理先輩! |
綴理 | さや。 ……あ、ごめん。 仕事忘れてた……。 |
さやか | いえ、こちらでやれることはやっておきましたから。 |
綴理 | そっか……ボク、全然うまくいかなかったね。 おしまいには、残ってる仕事のことも忘れちゃってた。 |
さやか | そんなことは、ありませんよ。 ……綴理先輩は、今までどんなことをしていたんですか? |
先ほどまで列ができていた方を振り返り、綴理が言う。 | |
綴理 | ボクは、みんなの話を聞いてたんだ。 最初は市民の人たちだけだったんだけど、休憩中の職員さんとかもいてね。 |
さやか | 話、ですか? |
綴理 | 悩みとか、困ってることがあるからここに来るって人も居たみたいで。 |
綴理 | ボクが何をできたかは、分からないけど…… ボクは、立っていることはできるからね。 |
さやか | だとしたら、その立っているだけの綴理先輩が、必要だったんですよ。 |
綴理 | ? |
さやか | 綴理先輩とお話をしてから、わたしたちとすれ違った人たち…… みんなすっきりした顔をしていたんですよ。 |
綴理 | そうなの? それなら……良かった。 |
さやか | これも立派な、職業体験だと思います。 向き不向きという意味では、受付のお仕事は凄く向いていると思いました。 |
さやか | 人の悩みに向き合って……支えてあげる。 思えば、綴理先輩はいつもそうだなとも、思いまして。 ご自身では、どうですか? |
綴理 | ……どうだろう、まだよく分からないや。 |
綴理 | でも、みんながすっきりしてくれたのなら、 ボクにとってはそれが一番嬉しい。 これが、やりたいことってことなのかな。 |
さやか | 少なくとも、綴理先輩は楽しそうには見えましたよ。 |
綴理 | そっか。 うん……楽しかったのかも。 みんなが笑えて、嬉しかったから。 |
ぐっと綴理が手ごたえを感じるのに合わせ、さやかが微笑む。 | |
さやか | 綴理先輩。 続けて、頑張ってみましょうか。 |
綴理 | うん。 |