第5話『不完全で、未完成』

PART 6

梢がスケジュール表を片手に、少しだけ難しい顔。隣のさやかが、カメラ機材をセットしながら苦笑い。その隣には監督として腕を組む慈。
分かってはいたことだけれど。
さやか
……ぎりっぎりですね。
……あとのことがあるから、ここは任せてもいいかしら。
このシーンは吟子さんと小鈴さんだけよね?
うん。 てゆか外の収録はこれで最後。
だからぎりぎりだけど間に合ったと言えなくもない。
そうね。 それじゃあ一足先に、編集の様子を見てくるわ。
あっちには、めぐちゃん直伝テクニック満載のるりちゃんと
姫芽ちゃんがいるから、大丈夫だとは思うけどねー。
分かったわ。
さやか
いってらっしゃい。
梢、退場
さやかはカメラを向けた先に居る吟子と小鈴に声をかける。
さやか
さあ、ちゃきちゃき撮っていきましょうね!
小鈴
はい!!
吟子
……はい。 ……ふう、緊張してきた。
小鈴
だいじょーぶ、失敗するのは徒町なので!
吟子
そんなこと言ってる場合? 雨降り始める前に撮り切らないとなんだよ。
小鈴
……がんばる!
吟子
ん、頑張って。 私も頑張るから。
私の役、ちょっと私には可愛すぎるんだけど……!
声だけ
はーいそれじゃー行くよ!
3、2、1、あくしょん!
ふっと吟子もしっかり役に入る。不安そうな表情のまま、小鈴の袖を引く。
吟子
お、お待ちください。 本当に、吟子なんかでいいのですか?
振り返った小鈴は自信に満ちた表情で頷く。
小鈴
うん、吟子が良い。 吟子と一緒じゃないとあの人には勝てない。
吟子
でもっ。
私じゃ足手纏い、と不安そうな顔をする吟子に、小鈴は一度目を閉じる。自分の本当の気持ちに気付く、というようなイメージ。
小鈴
いや、違うな。 あたしは……吟子とスクールアイドルがしたいんだ。
吟子
小鈴さん……。
小鈴
あたし、ずっと吟子に支えられてきた。
ようやく気付いたんだ。
小鈴
ひとりで戦ってると思ってたけど、
傍にずっと吟子が居たんだ。 だから……。
声だけ
小鈴と吟子が止まる。視点がさやかと慈に。
カット!! ごめん!
さやか
慈先輩? 今ちゃんと台本通りだったと思いますが。
そうなんだけど……そうなんだけど~! 違うの!
主人公とヒロインは幼馴染で、ずっとヒロインが支えてくれてたわけでしょ。
その彼女をスクールアイドルに誘う。
一緒にだったらどんなチャレンジもできる、そういう話でしょ。
花帆ちゃんのストーリーはとてもいいんだけど。
さやか
はい。
だからこそもっとこう……熱が、足りないと言うか。
さやか
ふむ……なんとなく、言いたいことは分かりますが。
ここは大事なシーンだから、めぐちゃん妥協したくない!
吟子
えっと、どうしましょう?
小鈴
何度だってやります!
さやか
いや、何度もやる時間はさすがに……。
さやか&慈&吟子&小鈴
あ。
あーーーごめん!! 急ごう! えっと小鈴ちゃん!
小鈴
は、はい!
ピンと来てなかったらごめんだけど、
このヒロインにーーいや、吟子ちゃんにもっと感情移入して!
小鈴
吟子ちゃんに……。 熱……熱……!
吟子
え、えっと。
さやか
……慈先輩。
くっ。 ……小鈴ちゃん、できそう!?
小鈴
はい……考えろ、考えろ……あっ!!
小鈴
……分かりました、やってみます!
やれそうです!
よし! 私も全力で見るから!
吟子
傘とってきた方がいいんじゃ。
さやか
いえ、幸いふたりの居る位置は木陰です。
小鈴さんが何か掴めたのなら、今やるべきです。
吟子
わ、分かりました。
それじゃあ、3、2、1、あくしょん!
小鈴
あたし……あたしね。
小鈴
ずっと吟子に支えられてきたんだ。
小鈴
あたしのことを、いつも気にかけてくれて、
なのにその気持ちすら口にしたことがなくて。
吟子
こ、すずさん……?
小鈴
ひとりで戦ってると思ってた! でも傍にずっと吟子が居た! だから!
吟子を抱きしめる小鈴。気付けた感情のままに、次の台詞は熱を持って。
小鈴
あたしと一緒に、スクールアイドルになってください!
小鈴を抱き返す吟子。考えたこともなかった想いをぶつけられて感動している、というような感情。
吟子
……はい。
吟子
吟子も、あなたの夢を叶えたいです。 たとえどんなに時間がかかっても。
小鈴
うん。 一緒なら、どんなことだって、いつか叶うよ!
カット~~~!!
おっけー!!!
やれば出来るじゃん、我が弟子小鈴よ!!
小鈴
はい! 熱ってどう表現すればいいんだろうって思ってたんですけど、
雨の中立ってる吟子ちゃんを見て、
小鈴
自分がどうにかしなきゃって思えたんです!
えらい! 偶然をアドリブで使いこなす力!
うん、実際もとの脚本よりもぜったい迫力出たよ!
これが役者の力なんだよ小鈴ちゃん。
小鈴
は、はい師匠! ありがとうございます!
吟子
び、びっくりした……。
吟子ちゃんもよくやりきってくれたね、最高!
あそこで小鈴ちゃんに合わせて演技続けられたのがえらいよ。
アドリブにすぐに対応できるのも、また役者の才能だよ。
吟子
あ、ありがとうございます……
でもほんとに私で良かったのかな、この役……。
小鈴
ううん。 吟子ちゃんに今まで色々してもらったこととかを
思い出したからできたんだよ。
小鈴
ばっちりだった。
吟子
そ、そう。
よし……さやかちゃん、撮れたーって。
さやか
はい、大丈夫です。 雨の中でも綺麗に撮れました。
良い機材を持ってきて良かったです。
小鈴
さ、さやか先輩びしょ濡れじゃないですか!
吟子
は、早く戻りましょう!
瑠璃乃
ありがとさやかちゃん、今日も美味しくいただきました。
既に少し頬が赤いさやか。
さやか
いえいえ。
吟子
すみません、撮影も全部やってもらっているのに。
さやか
ひとりひとりの時間が貴重ですからねー。
やるべきことは、やらないと。
いや、本当にごめん、結構わがまま言った。
花帆
でもでも、録画見ました!
雨の中のシーン、すっごく良くて!
あれはまあ、私の無茶ぶりもあるけど、ふたりが頑張ったんだよ。
瑠璃乃
めぐちゃんが素直に……。
小鈴
いえいえ、もともと徒町のリテイクが多かったせいで
スケジュール押しちゃったので……。
小鈴
でも、うまくいって良かったです!
姫芽
スケジュールって言えば、こずえせんぱい。 どうですか?
ええ。 相変わらずぎりぎりだけれど……でも、言った通りよ。
あとは屋内のシーンだけ。 それに、同時並行の編集も順調のようね。
うん、確認させてもらったけど……るりちゃんも成長してるねえ。
瑠璃乃
花帆ちゃんとひめっちが見てくれてたしね。
ここはもっと、とかは色々言って貰えたんだ。
綴理
ボクはなにもできないけど、応援はしてたよ。
花帆
いえいえ、綴理センパイはなんたって一番難しい役ですからね。
それをやってもらっているだけで十分というか。
花帆
むしろ、綴理センパイの演技が良すぎて、
ラスボスっぽいことをいっぱいしてもらいましたし!
綴理
そう? でも……うん、本当に楽しかった。 ……楽しかったな。
姫芽
あはは、実感ない辺りがさすがですね~。
とはいえ、今日中に撮り切らないといけないのは変わらないわ。
まだまだ終わりじゃないーー
と、そこでどさっと机に突っ伏す音。
綴理
さや!?
小鈴
さやか先輩!!
花帆
! ……あつ。
花帆
えっ!? 熱出てる!
さやか
あれ……? あぁ……花帆さん……?
瑠璃乃
ちょ、ちょっとちょっと。 大丈夫?
花帆
と、とりあえずあたしと瑠璃乃ちゃんでベッドに運びます!
小鈴ちゃんは桶に水汲んで、吟子ちゃんはタオル持ってきて!
小鈴&吟子
はい!
綴理
ボクは!?
花帆
綴理センパイは、さやかちゃんの着替えを!
綴理
分かった! 頑張る!
さやか
花帆さん……わたしは……。
花帆
話はあとだよ、さやかちゃん。
ね、ベッドに行くのが先だからね。
瑠璃乃ちゃん、運ぶの手伝ってくれる?
瑠璃乃
もち。
……ふう。
姫芽
かほせんぱい、頼りになりますね……。
そうね。
姫芽
たいしたこと、ないといいんですけど。
これは私のせいだなー……。
誰のせいということもないでしょう。
そう思うなら、あとで出来ることをしてあげて。
そーする。
ただ。
姫芽
ただ?
まずいことはもうひとつね。
屋内だからスケジュールは大丈夫だと思っていたけれど、
あとのシーンはさやかさん出ずっぱりよ。
慈&姫芽