第1話『ちぇすとー!』

PART 8

いかだでめっちゃオールをばしゃばしゃやるさやかと小鈴。
さやか&小鈴
ちぇすとおおおおおおおお!!
ばき、とオールが折れる音。
沈んでいくふたり。
さやか&小鈴
あっ。
さやか&小鈴
おぼぼぼぼぼぼ。
水から上がってくるさやかと、支えられた小鈴。
さやか&小鈴
ぷはっ。
小鈴
だ、大丈夫ですか~~!?
さやか
はい。 オール、枝ではなくべつのものにしましょう。
確か部室に長柄のもののひとつやふたつあったはずです。
小鈴はぼーっとさやかを見て、聞く。
小鈴
あ、あの! えっと、先輩!
さやか
はい?
小鈴
いまさらなんですけど!
どうして徒町に付き合って、一緒に沈んでまでくれるんですか!
さやか
そう、ですね。 何かを欲しがる気持ちは、分かる気がするからです。
小鈴
何かを欲しがる、気持ち……?
さやか
何か、すごいことをひとつ。 それが徒町さんの目的でしょう?
小鈴
は、はい。 そう、そうです! 徒町は、何かが欲しいんです!
さやか
ふふ……それに、何かを成し遂げたいと思っているなら、
その成し遂げるべき何かが近づいてくるのは、
さやか
けっこう楽しいものじゃないですか?
小鈴
成し遂げるべき何かが近づいてくるのが、楽しい……。 たの、しい?
さやかは湖を振り返る。
さやか
距離、伸びてきましたよ。
小鈴
距離。 ……ぁ。
さやかは小鈴に振り返り、もっと頑張ろうと言いかけて、小鈴が俯いていることに気が付く。
さやか
さあ、次はもっとーー徒町さん?
小鈴
……あの!! 先輩!!
さやか
どうしました?
小鈴
あの、本当に……本当に、感謝してます。
小鈴
徒町の、はたから見たらばかみたいなことを、
がんばってるって言ってくれたのも先輩が初めてで。
小鈴
そのうえ手伝ってくれるなんて、
そんなありがたいことがあっていいのかなって思いました。
小鈴
それでいま、先輩のおかげで、
はじめて目指したものに手が届きそうで。
真意がくみ取れず、首を傾げるさやか。そこに小鈴が顔を上げる。
さやか
それなら良かった、と思いますが……。
小鈴
でも!
小鈴
ごめんなさい、それじゃダメなんです!
それじゃダメだって、おろかな徒町は今更気付きました!
小鈴
このままだと、
『湖横断できました、先輩にやってもらったからです!』
小鈴
としか、今の徒町は言えないから……。
さやか
あ……。
いえ、徒町さん、わたしの方こそ。
さやか
……自分の力でやらないと、意味がないんですね。
小鈴
ごめんなさい!
小鈴
……こんなに優しい先輩の厚意を徒町は。
土下座してお詫びしておぼぼぼぼぼ。
さやか
どこで頭下げてるんですかそうなりますよ!!
小鈴
ぶはっ。
さやか
……わたしの方こそ、ごめんなさい。
さやか
何かを成して欲しい一心で、
あなた自身の頑張りをないがしろにしていました。
そうわたわた否定する小鈴に、さやかは笑いかける。
小鈴
いえっ、そんなっ。
全部が全部徒町のわがままで!
さやか
じゃあ、徒町さん。
隣から応援するくらいは、許してもらえますか?
小鈴
ぁ……。 はい!!
嬉しそうに小鈴が頷く。
さやかが上がってきて、ぼーっと見ていた綴理のもとへ合流する。
さやかが綴理に気が付く。
さやか
ぐいぐいいきすぎてしまいました。
綴理
ボクは好きだよ。
あの子に笑ってほしい、それだけだよね?
さやか
はい。 ただ……自分で成し遂げなければ、意味がない。
わたし自身もそう思っているはずのことを、どうしてか……。
綴理
そういうものだよ。
いきすぎるくらい相手を思いやること……よくある。
綴理
頑張ってほしいと思う相手なら、なおさら。
綴理
ボクも一緒に沈みたかった。
さやか
だめですって、綴理先輩にそんな。
綴理
ね?
相手を想うばかりに、相手の意思を曲げる。その分かりやすい例に直面して、さやかは頭を抱える。
さやか
~~~~~!!
綴理
相手を思いやればこそ、相手の気持ちを抑え込むこともある。
それが分かっていれば、さやは大丈夫だよ。
ボクはぐいぐいいくさや、好きだから。
さやか
うぅ……応援すると約束したので、行ってきます!
綴理
ん、頑張って。
小鈴
ちぇすとー……!!
そう言いながら、さやかが水辺ぎりぎりへ走っていく。
さやか
徒町さん、腕を回す方向を意識するんですー!!
綴理
色が混ざって、きらめいてる。
小鈴がばしゃばしゃオールを動かしている。
小鈴
距離が伸びたのに、素直に喜べなかったッ……。
先輩に全部やってもらってたから……自分じゃ何もできなかったから……!
小鈴
あんなに親身になってくれる人を相手に。
徒町は、なんて恩知らずなんでしょう。
ぐっとオールを漕ぐ手に力を籠める。
さやかの応援が遠くから聞こえる。
さやか
徒町さん、脇です、脇! しっかり閉めてー!
小鈴
でも、そんな徒町を、先輩はまだ応援してくれる。
徒町の頑張りが、報われることを望んでくれてる。
小鈴
これまで何度だって失敗してきた。
その度に次を探してた。 でも。
小鈴
今回だけは、どうしても……どんなにかかっても、これをやり遂げたい……!
必ず、初めての成功は、ここで……!!
小鈴
ちぇすと~~~~~~~!!!
空が映る。夕暮れ。時間経過したイメージ。
大の字で転がっている小鈴。
小鈴
はあ、はあ……。
小鈴
はあ……はあ……。
綴理
ご~る~。
さやか
やりきりましたね、徒町さん!
上体を起こして、湖の方を振り返る。
小鈴
あっ……。
小鈴
渡り、切ったんだ。 すごいことが……できたんだ。
はじめて……。
小鈴
うっ、く……。
小鈴
……あの!!!
また勢いよく頭を下げる。
小鈴
ありがとう、ございました!!
小鈴
最初、助けてくれたことも!
徒町のやってることを笑わないでくれたことも!
頑張りたいと思ったことを、初めて成し遂げられたことも!
綴理
振り子みたいだけどだいじょぶ?
さやか
まあ、ここならもう溺れないで済みますから。
何かが出来たときの気持ちは、抑えられないものですし。
小鈴
っ……それと。
小鈴
徒町は今日、大事なことを教えて貰えたような気がします。
小鈴
自分で成し遂げるから意味があること……そして。
支えてくれる人に報いたい気持ちは、すごく強い力になるってこと。
綴理
おぉ……。
さやか
その一助に、なれましたなら。
小鈴
はい!!
そこでチャイムが鳴る。
さやか
っと。
チャイムが鳴ることで、さやかが顔を上げる。
さやか
すみません、今日は部活会議に出るんでした。
綴理
こずの仕事?
さやか
はい。 今年度から、たまにご一緒させてもらうことになりまして。
なのでわたし先に戻りますから、綴理先輩、徒町さんをお願いしますね。
綴理
ぎゃくぎゃく。 ボクをお願い。
さやか
逆でたまりますか。
小鈴
ありがとうございました!!!
さやかは振り返り、見返り美人構図で強気に微笑む。めちゃくちゃかっこよく見せたいです。
さやか
わたしも、良い気分で行けそうです。
小鈴
あの、人は……。
小鈴
あ゛ぁ゛!!!
名前も聞いてない!! 徒町はおろか!!
と、隣で勝ち誇ったような顔をした綴理が、腕組みして言う。
綴理
スクールアイドルの、村野 さやか。
小鈴
スクール……アイドル……。
去り行くさやかの背中を見送る小鈴で〆。