第1話『ちぇすとー!』
PART 7
綴理とさやかのふたりが、ぼんやりと湖を眺めている。 | |
時折小さく吹く風がほんの少し水面を波立たせ、鳥の声が小さく響き、桜の花弁がひらひら舞っている。 | |
さやか&綴理 | ……。 |
綴理 | のどか。 |
さやか | のどかですねぇ。 |
綴理 | 村野 のどか。 |
さやか | それは、どちらさまでしょうかね。 うちはさやかのほかには、つかさしかお取り扱いがありませんけども。 |
ふたりして和む雰囲気。 | |
さやか&綴理 | ……。 |
さやか | 校舎の方は賑わっていますから、なおのこと静かに感じますね。 |
綴理 | 部活勧誘の時期だから。 |
さやか | ですね。 1年前のことを……すでに懐かしく思う自分がいます。 |
と、そこでぼうっと湖を眺めている綴理の横顔を見るさやか。 | |
綴理、振り向かずにさやかの視線に応える。 | |
さやか | ……。 |
綴理 | どしたの。 横顔キレイ? |
さやか | うぇ!? それは否定のしようもありませんが! |
綴理 | 隣から見てるから、見えるね。 |
さやか | ん~! そうですね! |
さやか | じゃなくて。 わたしたちは、あの賑わいの方に行かなくていいんですか? |
さやか | 新入生勧誘について、綴理先輩がどう思っているのか知りたいです。 |
綴理 | 行ってもいいし、行かなくてもいい。 |
綴理 | すごいスクールアイドルになれる子がいるなら、 きらめきを見てみたいとは思うけど…… |
綴理 | DOLLCHESTRAで合ってるのかってなると、分からないしね。 |
さやか | なるほど……去年と違って、ユニットごとの色がもう決まっているという。 |
綴理 | そう。 みずいろ。 |
さやか | それわたしだけじゃないですか。 |
綴理 | じゃあボクなに色? |
さやか | また答えにくい質問を……。 じゃあ金色のきらめきで。 |
綴理 | 無敵になった気分だ……。 じゃあさやは、何色を混ぜてみたい? |
綴理 | この、みずいろと金色に。 ……? ほんとにボク金色かなあ……? |
さやか | わたしにそういうセンスを期待しないでください……。 |
さやか | 確かに金色はちょっと違うかなとも思ってますけど。 メンバーカラーでもないですしね。 |
さやか | でも、そうですね。 新しく足す色……。 |
さやか | わたしは、頑張っている色なら、いいなと思います。 足すなら、ですが。 |
綴理 | 頑張ってる色。 明るい黄色だね。 |
さやか | そうなんですか? |
さやか | じゃあその色です。 ほしいものがあって、そこに向かって頑張る…… そのための舞台。 そのための居場所。 |
さやか | ……それがDOLLCHESTRAだと、教えて貰いましたから。 |
綴理は優しい目で頷く。 | |
綴理 | そうだね。 |
さやか | まあ、とはいえ……スクールアイドルクラブに入りたいという 本人の意志が大事だと思いますので、 |
さやか | やっぱりこちらから勧誘というのはーー。 |
綴理が、湖の奥を眺めながら言う。 | |
綴理 | ねえ、さや。 |
さやか | はい? |
綴理 | 頑張ってる色、っぽい? |
さやか | えっ? |
小鈴 | ちぇすとおおおおおおおおおおお!! |
さやか | ……えぇ? |
小鈴 | おおおおおーー。 |
小鈴 | あああっ。 |
ばき、とオールが折れる音。 | |
次の瞬間、小鈴が沈んでいく。 | |
小鈴 | おぼぼぼぼぼぼぼぼ……。 |
綴理 | あ、沈んだ。 |
さやか | はぁああっ!? うわああああああああああああ!!! |
慌てて湖に飛び込んでいくさやか。 | |
暗転。いったんシーンを切るイメージ。 | |
気絶していた小鈴を見下ろすさやかと綴理。 | |
小鈴がガバっと起き上がる。 | |
小鈴 | あれ、こ、こは……? |
さやか&綴理 | ! |
綴理 | 生きてた。 |
さやか、強烈ツッコミ。怒ってる感じではなく。 | |
さやか | っ……生きてなきゃ困ります! |
さやか | 意識ははっきりしてますか? 直前のことは覚えていますか? |
小鈴 | は、はっきりです。 覚えてます! 徒町は確かおうちでお母さんに大人しくしてろって言われて……ん? |
さやか | おうちはたぶん、だいぶ前の記憶ですね……。 |
綴理 | あと、大人しくはなかったね。 |
小鈴 | はい、大人しくはないかもです! よく言われます! |
小鈴 | 徒町は何者にもなれないで終わるのは嫌で、家を飛び出して。 蓮ノ空を受験して。 |
さやか | だいぶ前の記憶でしたね! あの、今は入学式も終わって、ここは蓮ノ湖のほとりです。 |
綴理 | きみは頑張ってたよ。 |
小鈴 | はい、徒町頑張ってま……あっ。 そうですさっき徒町は湖をーーってぇ! |
小鈴 | おふたりともめっちゃ濡れてるじゃないですか! もしかして無謀なことした徒町を助けるためにこんなことに!? |
綴理 | 助けたのはさやだけ。 |
小鈴 | え、じゃああなたがずぶぬれなのは。 |
綴理 | さやについて泳いでいって、戻ってきた。 |
困惑する小鈴に、さやかは苦笑いして諭すように言う。 | |
小鈴 | えぇ……? |
さやか | まあ、その。 気にしないで大丈夫です。 |
小鈴 | あ、はい……。 |
小鈴 | とはいえその、お助けいただいてありがとうございました。 |
小鈴 | 徒町にできることならなんでもして返しますので。 宿題の代行から就寝点呼の代返、外出届の捏造まで、なんでも。 |
綴理 | おお。 |
さやか | ダメですからね!? 入学そうそうグレーゾーン攻めすぎです! |
小鈴 | しまった、まじめな先輩だった! |
さやか | まったく……聞かなかったことにしてあげますから、やらないように。 |
さやか | それにしても、湖の向こうに何かあるんですか? 随分頑張ってましたけど。 |
小鈴 | それはその……湖を渡ることそのものが目的と言いますか、 目的はないと言いますか。 お恥ずかしい話ですが。 |
さやか | えっと? |
綴理 | でも、目的がないにしては、頑張ってなかった? |
小鈴 | それは……その。 |
きゅっと照れを押し殺すようにしてから、ばっと手を広げる。 | |
小鈴 | ひとつすごいことぶち上げたくて!! |
さやか | えぇっと!? 湖を渡ることが、すごいこと……と? |
周りから見たら意味不明だろうな、という恥じらいがあるので、少し躊躇う小鈴。 | |
小鈴 | 湖じゃなきゃいけないってこともないんですけどぉ。 |
小鈴 | 生まれてこのかた、徒町ってば、すごいこと1回もできたことないんで。 |
綴理 | そっか。 |
なんとなく、小鈴が小鈴なりに頑張って足掻いているように感じとるさやか。 | |
さやか | ……。 |
さやか | ……じゃあ、湖を渡りたい理由があるというよりは、 湖を渡ったという実績がほしいんですね。 |
小鈴 | あっ……あ、はい、そんな感じです! 徒町は今、笑われなくてびっくりしてます! |
さやか | 笑いませんよ。 ひとが頑張っていることは。 |
小鈴 | おおおう……。 |
綴理 | まだやるの? |
小鈴 | はい! 心配かけないようには気を付けますので、どうか気にしないでください! |
綴理 | 気にしない、かあ。 できる? |
隣のさやかに振る綴理。 | |
さやかは少し考えながら、小鈴を見やる。 | |
さやか | ……徒町、さん。 |
小鈴 | はい? |
さやか | 何度びしょ濡れになってもやるくらい、頑張りたいんですよね。 |
小鈴 | そりゃあ、お見苦しいところを見せたかと思いますし、 渡れる見込みはまだ全然ないけど……。 |
小鈴 | それで折れられるほどプライドも育ってないんで! ほら、恥は人生のかき捨てとも言いますし! |
綴理 | それは良い言葉だ。 |
さやか | そんな言葉はありませんが! 言うなら『旅の恥はかき捨て』です! |
さやか | 知らない人しかいないところでならしょせん一時の恥という意味で! “人生”は吹っ切れすぎです! |
さやか | ではなく! 徒町さん! |
小鈴 | は、はい! |
さやか | 良かったら、手伝いますよ? |
小鈴 | えっ……助けてもらったあげく、わざわざそんな。 こんなことで先輩の手を煩わせるのは流石にと思うんですが……。 |
小鈴が迷ったように目を泳がせると、綴理と目が合う。 | |
綴理はきょとんと首を傾げる。小鈴の様子をうかがっている。 | |
綴理 | ……。 |
くるっと背を向ける小鈴。 | |
小鈴 | こ、こんなことが許されて良いんでしょうか。 |
小鈴 | 恥は人生のかき捨て、 プライドゼロの徒町とて、申し訳なさというものはあり。 |
小鈴 | しかし初対面の先輩がたの温かきことこのうえなく、 善意をふいにするのも果たして……。 |
さやか | わたし自身、何を頑張れば良いのかも分からなかった時期がありました。 その時、すごく苦しかったことをよく覚えています。 ちょうど、去年の今頃まで……。 |
小鈴 | 先輩。 あの。 |
さやか | だから、手伝わせてください。 |
ただ、自分でも何に悩んでいるのか分からなくて、頷く。 | |
小鈴 | ……ここで断る理由、徒町にはないはずで。 |
小鈴、顔を上げる。 | |
小鈴 | えと……よろしくお願いします!! |
さやか | ……。 はい、やりましょう。 |