第1話『未来への歌』
PART 6
場面転換、背景は商店街。 | |
吟子が先導し、花帆がその後ろについていく。 | |
花帆 | ねえねえ、それって着付けも自分でやってるのー? |
吟子 | 花帆先輩、休日でもほんっとによく喋りますね……。 |
花帆 | 休日『でも』ってなに? |
急に陰キャな部分を見せてくる吟子 | |
吟子 | いや……部活中は、先輩としての義務で私と話してるのかな、的な……。 |
驚く花帆。 | |
花帆 | そんなの考えたこともなかったよー! |
吟子 | でしょうね。 |
吟子 | というか、着付けのことなら、別にすごくないですよ。 これは紬だから、ひとりで着てもせいぜい15分程度ですし。 |
花帆 | へえー、すごいすごーい。 |
純粋に賞賛の眼差しを浴びせてくる花帆に、吟子は口を尖らせながら言う。 | |
吟子 | ……ヘンだ、って言わないんですね。 |
花帆 | なにが? |
吟子 | 私が、着物を普段着にしてること。 浮いてるー、とか。 座敷童みたい……とか。 |
ぽつぽつとつぶやく吟子に、花帆は笑顔を向ける。 | |
花帆 | あたしもね、スクールアイドルになってから 何度か着物みたいな衣装を着たことあるんだ。 |
花帆 | すっごく華やかで、かっこよくて。 |
花帆 | 身に着けると、なんかパワーをもらえる気がするの! |
花帆 | だから、そうして吟子ちゃんが普段から着物着てるのって、 むしろちょっと羨ましいかも。 |
花帆 | その手があったかー! みたいな。 |
吟子、自分を肯定してくれる花帆に胸をときめかせて、思わず頬を緩めてしまう。 | |
だが、素直になれず、顔を背けたままぽつりと返す。 | |
吟子 | …………ヘン。 |
花帆 | ええっ!? それ吟子ちゃんが言うの!? |
スタスタと早歩きで先に行く吟子。 | |
吟子 | 言う! ヘンです花帆先輩は! ヘンな人。 |
花帆が追いついて、首を傾げる。 | |
花帆 | あれ? 吟子ちゃん顔赤いけど、大丈夫? ひょっとして着物って、寒いんじゃ……!? |
吟子 | いいからもう! ほらほら、つきましたよ! |
花帆 | おおー? |
茜やに入るふたり。 | |
※店内素材なければ、商店街の絵のままでも。 | |
花帆 | なんか、雰囲気あるー! |
吟子 | ここは、百生の家が昔から付き合いのある染工房なんです。 今回は生地や糸などの材料。 それに、刺繍道具を受け取りにきたんですよ。 |
店を珍しそうに眺める花帆。 | |
花帆 | へえ~~~。 |
吟子 | 私は久しぶりに来たから、先生方に挨拶してきますけど……。 先輩は暇だったら、どこか適当なお店で時間を潰しててもらっても。 |
花帆 | えっ? あたし一緒に行っちゃ、だめ? |
仔犬のような目を向けてくる花帆に、吟子は「うっ」となりながら答える。 | |
吟子 | ……あんまり、はしゃがないでくださいね。 |
花帆 | 大丈夫大丈夫。 だってあたし、二年生だもん! |
吟子がふっと笑みを浮かべて、花帆とふたりで茜やに入ってゆく。 | |
吟子 | …………まったくもう。 |
行って帰ってきて、部室に戻ってきたふたり。 | |
衣装は制服。 | |
真剣に作業をする吟子。その横顔を見つめる花帆。 | |
吟子が一針一針、丹念に刺繍してゆく。 | |
吟子 | ……。 |
花帆 | 刺繍、きれい……。 まるで魔法みたい……。 |
吟子 | ……ふふっ、なんですかそれ。 |
児童文学作品に出てくる魔法を思い出しながら、ついついつぶやいてしまった花帆に、吟子が笑う。 | |
花帆 | あっ、ごめん。 作業のために着替えて部室に帰ってきたのに。 ちゃんと大人しく見学してるね。 |
吟子 | いいですよ別に。 これぐらいは。 |
手を止めず、吟子が語り出す。 | |
吟子 | おばあちゃんが、芸楽部だったんです。 |
花帆 | え? |
吟子は刺繍に集中しながら、優しい声で語る。 | |
吟子 | 私のおばあちゃん。 |
吟子 | もう50年ぐらい前なんですけど、 蓮ノ空女学院で芸楽部に入って、アイドルしてたんです。 |
吟子 | おばあちゃん、今もきれいで。 だから、昔もきっときれいで。 |
吟子 | 芸楽部の話をするときには、決まって私に歌を歌ってくれて。 その歌が、すごく好きでした。 歌うおばあちゃんが、好きでした。 |
吟子 | ……ふふっ、だから私も、 いつかぜったい蓮ノ空に入って、その歌を歌うんだーって。 それで……。 |
吟子が気づいて顔を赤くする。 | |
吟子 | って、せ、先輩! なに笑ってるの!? |
花帆は両手を振る。 | |
花帆 | えっ? ご、ごめんね! でも、なんだか嬉しくて。 |
吟子 | ……嬉しい? |
花帆 | うん。 吟子ちゃんのことを知れたこと。 |
花帆 | それに、吟子ちゃんがあたしの好きなスクールアイドルを、 すっごく好きなんだってわかったこと! |
吟子 | す、好きって! 別に、そんな話は! |
花帆 | えー? してたよー? |
吟子 | ……あのですね、これは角が立つから、 今まで“あえて!”言わなかったことなんですけど! |
吟子 | 私が好きなのは、ほんとは芸楽部で、 スクールアイドルなんて名前じゃないんです! |
花帆 | ……一緒じゃないの? |
きょとんと問いかけてくる花帆に、言葉を詰まらせる吟子。 | |
少なくとも、憧れていた芸楽部が今も現存していたら、こんな雰囲気だったんだろうなと吟子は思ってしまっているので。 | |
吟子 | 一緒じゃ! 一緒じゃ……そ、それは、まだわかんない、ですけど。 |
吟子 | でも、少なくともおばあちゃんの時代には、 3ユニットなんてありませんでしたし。 |
花帆 | そうなんだ! なんか昔の話聞くの、楽しいね! |
吟子 | またこの人は……。 ……ああもう! いいから、次は山吹色の糸を取ってください! その、黄色いやつ! |
花帆 | はーい。 あ、覚えててね、あたしの好きな色だよ! |
吟子は顔を赤くしながら手を動かす。 | |
吟子 | はいはい! |
そこで下校のチャイムが鳴った。SE。 | |
花帆 | あ、下校のチャイム。 これ、ちょっと音が外れてるんだよねー。 |
吟子がふっとおばあちゃんの昔話を思い出す。 | |
吟子 | ……音の外れた、チャイム。 あ。 |
吟子 | おばあちゃんから聞いた、蓮ノ空の思い出。 音の外れたチャイムが鳴って、夕暮れ空の下、みんなで寮に帰ってゆく。 |
吟子 | このまま時間が止まればいいのにって、願うほどに。 その日々は、宝物だったーーって。 |
ぽろりと吟子が涙をこぼす。 | |
吟子 | ……あれ。 |
それを見て、目を丸くする花帆。 | |
花帆 | 吟子ちゃん……? |
吟子 | あ、あれ。 なんでだろ。 急に……。 |
花帆がぎゅっと吟子を抱きしめる。 | |
花帆 | 蓮ノ空に来てくれて、ありがとうね、吟子ちゃん。 あたし、吟子ちゃんに会えて、よかった。 |
吟子、ここでようやく素直にお礼を言う。 | |
吟子 | うん……。 ありがとう、先輩……。 |
帰り道、花帆と吟子が並んで帰る。 | |
花帆が甘えるような口調で吟子にじゃれつき、吟子も優しい声で受け答えする。 | |
花帆 | ねえねえ、吟子ちゃん。 どうしてスリーズブーケじゃだめなのー? |
吟子 | ……またその話? |
吟子 | これから3年間も活動するんだから慎重になりなさいって、 梢先輩も言ってくれてたでしょ。 |
吟子 | ……って、な、なに? |
花帆、嬉しそうに吟子に笑いかける。 | |
花帆 | 吟子ちゃん、今あたしたち友達みたいだったね! |
吟子 | へ……? なんの話? |
花帆 | ほら、口調! |
驚きながら口元に手を当てる吟子。 | |
吟子 | あ……。 |
吟子 | これは……花帆先輩がどうしてもって言うから! |
花帆 | その調子で、ほら。 『花帆ちゃん』って! さんはい! |
吟子 | だから、それはムリって言ってるでしょ! |
花帆 | あはは。 |
吟子 | まったく、もう……。 いい? |
吟子 | 私もまだどんな歌があるのかわかんないんだから、 そう簡単にユニット選べないからね! |
吟子 | そりゃ、誘ってもらってることは、嬉しいけど……。 |
花帆 | そっかぁ! でも、うん! 最後にはきっと選んでくれるって、信じてるから! |
花帆は笑顔を浮かべて、走ってゆく。 | |
そんな花帆の背中を見つめて、吟子が恥ずかしそうに、ぽつりと小さくつぶやいた。 | |
吟子 | 花帆先輩は……ほんとに変わっとるわ……。 |