第1話『未来への歌』

PART 5

それから数日後の部室。練習前を想定。
そろそろトレーニングも慣れてきた吟子に、梢が尋ねる。
吟子
ライブの予定……ですか?
花帆
そう、ライブの予定!
吟子と花帆の向かいに、梢が立つ。
ええ。
そろそろ、吟子さんも練習に慣れてきたでしょう。
だったら次の目標があったほうが励みになるんじゃないかしら。 ね、花帆。
ブンブンと首を縦に振る花帆。すでに梢は花帆に前もって話をしていた、という体。
吟子だけがまだ不安そう。
花帆
はい、梢センパイ!
梢が苦笑い。花帆はさらに力いっぱいうなずく。
あなたが良ければ、このままスリーズブーケで一緒に……というのを、
花帆は望んでいるみたいだけれど。
花帆
一緒にやろうよ、吟子ちゃん!
吟子
それは……まだちょっと、考えさせてもらっても、いいですか?
後ろから花帆の口を塞ぐ梢。そのままの笑顔で。
花帆
なんでえ!? むぐっ。
ええ、もちろん。 あなたの3年間がかかっているんだもの。
慎重になりすぎても悪いということは、まったくないわ。
一応、ライブの日までにユニットを決めてもらえれば助かるけれど。
でも、後から変更することも大丈夫よ。 その辺りは、ちゃんと配慮するわ。
吟子
乙宗先輩……。
あら、私のことも『梢』でいいのよ。
頭を下げる吟子。
吟子
う……じゃあ、こ、梢先輩。
すみません、お手数をおかけして。
小声でつぶやく吟子。花帆の目がきらんと光る。
吟子
……花帆先輩にも、こんなによくしてもらってるのに……。
花帆
いいんだよ、吟子ちゃん! 後輩の面倒を見るのが、二年生の!
先輩の! あたしの! 務めだからね!
吟子
うわあ暑苦しい……。
ふふっ。 それじゃあ、ライブの予定を組んでしまって構わないかしら?
吟子
あっ、はい。 ありがとうございます。
ライブ自体は、その、緊張するけど……楽しみ、です。 それは、ほんとに。
花帆
吟子ちゃんの初ライブ、だもんね!
あたし、最前列でペンラ振るね!
吟子
場合によってはあなたも出るんですが!
花帆
え、ってことは、吟子ちゃん、やっぱりスリーズブーケに……!!
吟子
ああ言えばこう言う! この人!
ふたりのじゃれ合いを見て、梢が笑う。
ふふふっ。 花帆はね、ライブが大好きなのよ。
自分のライブだけじゃなくて、人のライブもね。
吟子
……スクールアイドルになるために生まれてきたような人……。
嬉しそうに笑う梢。
花帆も嬉しそうにステージを思い浮かべる。
ええ、本当にね。
花帆
ついに吟子ちゃんのデビューライブかあ。
そうと決まったら、スペシャルな演出を考えたいなあ。
あら、いいわね。
花帆
はい! そうだ、ステージをピカピカに飾って、
金沢城を作っちゃうのはどうですか!? ドーンと!
笑顔のままで否定する梢。
そうね、ちょっと難しいかしらね。
花帆
演出考えて~、あとは衣装も新しくしたいなぁ~。
るんるんの花帆。吟子がさすがに眉を寄せる。
小さく手を挙げる吟子。
吟子
衣装……。
あ、でしたら、あの……。
花帆
お、吟子ちゃん、希望とかある!?
吟子
いえ、なにもかも任せるのは、申し訳ありませんし……。
衣装づくりなら、もしかしたら……私も、お手伝いできるかも、と。
あら。
花帆
そういえば吟子ちゃん、デザインもしてたもんね!
吟子
はい。
吟子
実は、百生家の家業はーー。
吟子と花帆が横に並んで座っている。
ふたりで街へお出かけ。花帆は楽しそうで、吟子は無表情。吟子は和装をしている。
花帆
吟子ちゃんの家って、加賀繍をやってるおうちなんだねえ。
あたし、帰ってから調べちゃった。
花帆
加賀の金箔、加賀の友禅と並ぶ、加賀の特産品! って。
すごく綺麗な刺繍だよね!
吟子の隣の席で、きょうも喋り倒す花帆。
花帆
あっ、ていうかだから吟子ちゃんって普段着もそんなにかっこいいんだ!?
すごいね、着物すっごく似合ってる!
花帆
背がすっと伸びてて、きれいだよ吟子ちゃん!
吟子は釈然としない顔。
吟子
あの。
花帆
なになに?
吟子
私、花帆先輩に、
『外出届の書き方を教えてほしい』ってだけ、言いましたよね。
花帆
うん。
吟子
……なんで一緒に来たんですか?
花帆
街の方に向かうんでしょ?
あははっ、だったらもちろん行くよー。
吟子
だからなんで!?
花帆はぽかんとして、吟子を見返す。
花帆
なんで……?
おやすみの日に、友達とお出かけするのが、なんで……?
吟子
ぐっ……と、友達……。
私とは違う理屈で動いてる人……!
急にしおらしくなる花帆に、すっかり振り回される吟子。
花帆
それとも、迷惑だった……?
吟子
ああもう! そんなことないよって言えば満足ですか!?
花帆
えへへ、よかったぁ。
相好を崩す花帆に、呆れる吟子。
吟子
……あなたって、誰にでもそんな風なんですか。
花帆
そんな風って?
吟子
あ、ほら、つきましたよ! 早く降りる降りる!
花帆
っそんな風ってなーにー!?