第1話『未来への歌』

PART 4

花帆が吟子をランニングに送り出すところから。
吟子
それじゃあ、周りをぐるっと走ってきますね。
手を振って送り出す花帆。
花帆
う、うん、いってらっしゃい!
それから頭に手を当てて、練習メニューを考える。
花帆
ええと、梢センパイは、この後は……確か……。
その様子をずっと眺めていた梢が、花帆のもとへやってくる。
ちょっといいかしら、花帆。
花帆
な、なにかしら!? 梢センパイ!
口調から梢の真似をしている花帆に、梢は苦笑い。
あのね、ムリして私の真似をしなくてもいいのよ。
あなたには、あなたのやり方があるんだから。
花帆、ドキッとする。
花帆
で、でも……。
あたしは、これでスリーズブーケを好きになったのでぇ……。
そうね、花帆はそうだったわね。
けれど、吟子さんは花帆ではないでしょう?
花帆
あっ……それは。
だから、ちゃんと吟子さんを見て、なにが1番彼女の成長に役立つのかを、
あなたがしっかり考えなきゃいけないの。
花帆
な、なるほど! 瑠璃乃ちゃんのときの、応用……発展形……!
花帆
えっ。 でもそれって、大変ですよね!?
そう、大変だったんだから。
柔らかく微笑む梢に、花帆は少しだけ顔を曇らせる。
花帆
うっ……梢センパイでも大変だったのに、
あたしにうまく、できるでしょうか。
不安に思う気持ちもわかるわ。 責任重大だものね。
でもね、あなたがやらなきゃいけないのよ。
吟子さんといちばん長い時間を一緒に過ごすのは、花帆。
私ではなく、あなたなんだから。
大切なのはあなたたちふたりの気持ち。 あなたたちだけのやり方。
お互い話して、お互いを理解し合うこと。
だから、花帆の思うようにやってごらんなさい。
もちろん、なにかあれば私がいつだって力を貸すわ。
あなたの先輩として、ね。
花帆
梢センパイ……。
梢の言葉に背中を押されて、前を向く花帆。
花帆
わかりました! まずは、仲良くなるところから、ですね!
あたし、とにかくやってみます!
授業が終わった途端、花帆が立ち上がって吟子を迎えにゆく。
それを見送る、さやかと瑠璃乃。
花帆
よーし、放課後だ!
それじゃあさやかちゃん、瑠璃乃ちゃん、また後でね!
さやか
はい、いってらっしゃい。
瑠璃乃
おおー、花帆ちゃんメラメラしてんねえ。
さやか
ふふっ。 ですね!
花帆が一年生に吟子の場所を聞いている。
手を振って、パタパタと早歩きで廊下を移動する花帆。
花帆
あ、ねえねえ、百生 吟子ちゃんいるかな?
もうどこかに行っちゃった? そっか、ありがとー!
まずはベンチに座った吟子がぺらぺらと手帳をめくっているシーンから。
そこに花帆がやってきて、話しかけてくる。
吟子
昨日までの練習メニューは……こう、だから……。
ちゃんとしっかり、復習、を……。
花帆
ぎーんこちゃん。
後ろから話しかけられて、飛び上がる吟子。
吟子
うわああああ!
吟子
ひ、日野下先輩!? なにしとらん!?
花帆
しとらん?
吟子
な……なんでもない、です!
……ていうか、な、なに? 部室には、今から行きます、けど。
花帆
あ、それより今の手帳すごかったね!
あたしの言ったこと、ぜんぶメモってくれてたの!?
顔を赤くして、目をそらす吟子。
吟子
~~っ! そ、それは!
吟子
そりゃ……。
スクールアイドルの先輩からの、お言葉、だし……。
にっこり笑って、吟子に思わず抱きつく花帆。
花帆
吟子ちゃん……かわいい!
慌てる吟子。
吟子
は、はあ!?
吟子
て、ていうか! なんなの! なんなんですか!
いっつも距離が近い、ですけど!
笑う花帆。※普通ではない。
花帆
ええー? そんなことないよ。
ふつーだよー。
吟子、ぐぬぬと視線を逸らす。
吟子
そういうの、困る……。
大げさに頭を下げてくる花帆に、またも吟子はペースを乱される。
花帆
えっ、嫌だった!? ごめんね!
吟子
~~っ、そうじゃなくて……。 その……。
私……。 今まで、年の近い人と、あんまり仲良かったことなくて……。
花帆
そうなの?
花帆の純粋な質問に、吟子は『うっ』となりながら。
吟子
地元でも、じいじ、ばあば……年配の方とは、楽しくお喋りできるんだけど。
同年代の友達とか、いないし……作り方も、わかんないし……。
花帆
そっかぁ。
胸を叩く花帆に、ぽかんとして花帆を見つめ返す吟子。
花帆
だったら……うん、決めた!
あたしが吟子ちゃんのお友達になるよ!
吟子
え? ……は?
吟子
それは、どういう……?
花帆
友達みたいに接してもらえばいいからさ。
そうしたら、吟子ちゃんとも、もっと仲良くなれるでしょ?
花帆
あたし、吟子ちゃんのこともっと知りたいんだ!
花帆
ほら、まずはやってみて!
吟子
そう言われても……。
花帆
じゃあじゃあ、試しに『花帆ちゃん』って呼んでみるのは?
あ、敬語もなくて大丈夫だよ!
吟子
日野下先輩……それは、さすがに……。
花帆
もう一声!
絞り出すように答える吟子。これでいいの?という顔で。
吟子
……か、花帆先輩?
にっこりうなずく花帆に、吟子は「あーもう!」というテンション。
花帆
うんうん!
吟子
もう、なんなんですかこれ!
芸の世界において『上下関係は絶対』っていうのが、伝統なのに!
花帆
あたし、そういうの知らないし!
花帆
あ、でも、吟子ちゃんが嫌だったら、無理矢理とは言わないからね?
吟子ちゃんの気に入るやり方でいこうね。
花帆
あたし、吟子ちゃんのことをしっかり考えるから!
吟子
あーもう! ぐいぐい来すぎ!
吟子
わかった、わかりましたから!
でも、花帆先輩呼びまで! それでいいですよね!?
花帆が嬉しそうににっこり笑う。
花帆
うん、わかった! ありがと!
ジト目で花帆を見やる吟子。
吟子
ヘンな人……。
なんでそっちがお礼言うんですか……。
立ち上がる吟子。
吟子
ほら、部活いきますよ! 部活!
花帆がそのあとに続き、横に並んでニッコニコの笑顔。
花帆
えへへ。
吟子、ジト目で花帆を見つめる。
吟子
……今度は、なんですかー。
花帆
なんだか、吟子ちゃんとちょっと仲良くなれた気がして、嬉しいなーって。
吟子
む、むう……。
花帆
これからも吟子ちゃんのこと、ずーっと見てるからね!
恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言う花帆に、顔を赤らめる吟子だった。
吟子
だから! もー!
花帆と吟子が基礎練習をする。
この前より距離の縮まったふたりを、梢が微笑ましく眺めている。
花帆
それじゃあ、次はプランク!
まずは20秒から、やってみよ!
吟子
あの、前から思ってたんですけど……
もう少し厳しくても大丈夫ですよ。
花帆
えっ?
吟子
初心者だから、手加減してくれるのは、わかりますけど……。
筋トレは、ひとりでもそれなりにはしてましたから。
花帆
そ、そんな……。
あたし、入部したばかりの頃は、なんにもできなかったのに!
吟子
……やっぱり20秒にしときます?
花帆
いえ! だったら、あたしの限界値まで……!
筋トレして、花帆が地面に倒れ込んでいる。
それを哀れみの目で見下ろしている吟子。
花帆
あ、あれ……?
花帆
あれあれ!? もしかして吟子ちゃん、あたしより体力ある!?
吟子
花帆先輩……。 だ、大丈夫ですよ。
今回は、その、たまたまだから。
花帆
トレーニングにマグレはないんだよぉ!
じゃあランニング! ランニングで勝負!
吟子
どうして勝負になってるんですか!?
花帆
ほらよーいどんー!
吟子
なっ、こら! せこいー!
駆け出してゆくふたり。
その背を眺めて、梢が微笑む。
ふふっ……。 さすが花帆。
どうやら、もう大丈夫そうね。