第8話『あの日のこころ、明日のこころ』

PART 5

花帆
あ、
さやか
合わなく、なってる……。
……ごめんなさい。
綴理
まあ、そうなるよね。
花帆
さっきまで、あんなにうまく行ってたのに……。
さやか
えっと……綴理先輩……。
綴理
……ごめんね、さや。 かほも。
こっちの問題。
……綴理。
花帆
あー、えっと。
少しお休みするなら飲み物作りますよ!
さやか
そうですね!
何が良いとかあれば……。
綴理
ごめんね。
もう少しでうまくできるようにする。
さやか
えっ、あ、はい!
もちろん信じてますけど……。
さやか
えっと、ひょっとして何か掴めそうでは、ある……とか?
綴理
やっぱり、はっきりさせる。
さやか
……。
綴理
……ねえ、こず。
なに?
綴理
……今朝は上手く行ってたよね。
きっと、こずと色々話せたからだ。
……そう、かもしれないわね。
綴理
ボクは今、こずの気持ちが分かんない。
はぁ……ひょっとして、スカウトの話を言っているのかしら。
だったらさっきと答えは変わらないわ。
私が行かないと言っているのだから、行かないわよ。
綴理
……それは、こずの本当の気持ちじゃないと思う。
っ……さっきから私の気持ち私の気持ちって、
あなたが私以上に私のことを分かっているとでも……!?
綴理
分かんないよ。
こずは、自分の気持ちを言ってくれないから。
だからこうして行かないって言っているでしょう!
綴理
……いつだって、言ってくれない。
なんの、話?
綴理
こずはいつだって、我慢してても言ってくれない。
綴理
大丈夫、ってだけ言い張って自分だけ無理するようなこずの、
何を信じれば良いのか分かんない。
そんなことは。
……ないと、思うのだけれど。
綴理
ほんとに心当たりないの?
私は……
いつも、自分の中で答えを出しているつもり。
そんなふうに、
私の大丈夫が信じられないと言われてもーー。
綴理
なら、それが信じられない理由だよ。
っ……。
綴理
……じゃあね。
綴理
キミの目標は、ラブライブ!優勝のはず。
綴理
スカウトを断るってことは、
そこに近づく可能性を捨てるってことなのに、
綴理
こずの言う“気持ち”はすごく……
言い訳に聞こえる。
綴理、私は……。
綴理
っ。
綴理
ボクだって……信じたいけど。
でも信用できないよ。 こずの、“大丈夫”は。
綴理
少なくともそれじゃあ、ボクは大丈夫じゃない。
さやか
あ、綴理先輩!!
……えっと。
花帆
さやかちゃん!
さやか
花帆
梢センパイ。
……ひどいところを、見せてしまったわね。
花帆
よいしょー……。
……。
花帆
あの。
梢センパイが無理してるのかも、って思うことは、あたしもあります。
っ……。
花帆
それを、どうにかして支えたいとも、思います。
花帆さん……私は。
花帆
梢センパイ。
……大丈夫ですか?
私は大丈夫よ……平気。
花帆
ほら。 そんな顔で言われても、説得力ないです。
だからあたしたち、余計に心配しちゃうんだと思います。
……。
花帆
ね、センパイ。
花帆
あたしだって、いっつも聞いてもらうばっかりじゃなくて、
たまには役に立つことだって、できるんですよ。
花帆
ほら、道端のお花に話しかけるみたいに。
ーースカウトが来たのはね。
実は、2回目なの。
花帆
2回目……?
そう。
去年の暮れ、ちょうど、ラブライブ!地区大会の直前のこと。
生徒会長が私のところに来て、教えてくれたのよ。
“綴理”に他のスクールアイドル部からスカウトの話が来てる、って。
沙知
夕霧綴理を我々の部の一員、わが校のスクールアイドルとして押し出したい。
……と、手紙の内容はそんな感じだ。
ーーもし。
もしその話に綴理が乗ったら、どうなりますか?
沙知
……その場合、綴理はきっとその学校のスクールアイドルとして
輝く未来もあるだろう。 ただ。
……。
沙知
少なくとも、蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブは、廃部だ。
っ。
沙知
当校はできるだけ少人数でも部が存続できるようにしている。
でも、流石にひとりだけというのは、部の存続要件を満たさない。
沙知、先輩。
沙知
ああ。
どうしたら……あの場所を失わずに済みますか?
沙知
それは……。
沙知
綴理が、行かないと言ってくれれば。
沙知先輩が本当にそう思っているなら、
最初から私ではなく綴理を呼んで話をしているはずです。
沙知
ぅぅ……。
ごめんなさい。
私だって……沙知先輩が悪いとは、思っていません。
綴理が行かないって言ってくれる……保証はない。
もしも万が一……行くと言われてしまったらと思うと……。
沙知
梢、あたしは……。
あの子には、凄い才能がある。
スカウトを受けるかどうかなんて、本来は私が決めるようなことではない。
でも……。
私は、スクールアイドルクラブを、
失いたくないです……!
沙知
梢……。
沙知先輩。 教えてください。
ここに私だけを呼んだ理由があるはずです。 あなたなら。
沙知
……。
でも、それは。
梢&沙知
……。
沙知
……向こうのスクールアイドル部が言うには、綴理を引き抜きたい理由は、
まだ蓮ノ空での実績が何もないからだ。
沙知
逆に言えば……。
“夕霧綴理と言えば、
蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの夕霧綴理である”
ということが対外的に見せつけられれば、
この話はなくなる……?
たとえば、
今回のラブライブ!地区予選を勝ち上がれば……?
沙知
そうだね。
そうすれば、スカウトの理由は立ち消える。
……もともと、私の目的はラブライブ!で勝つこと。
なら、どのみちやることは同じ……!
沙知先輩。 私は憧れて入ってきたこのスクールアイドルクラブを……
想い出の詰まったあの場所を、失いたくありません。
そのためにできることを、しようと思います。
沙知
……でもそれじゃあキミは、
今日の話をひとりで背負っていくことになるんだよ。
沙知
この先、ずっと。
……私なら、“大丈夫”です。
お話ししていただき、ありがとうございました。
それで私が、予選で思った通りに踊ることが出来れば……
一番だった。
でもね、花帆さん。
あんなことを言っておいて私、結局うまくできなかったの。
先輩が引退して、慈が……もうひとりの部員が怪我がもとで辞めて、
ふたりきりになって。
それでもふたりで頑張ろうって……
そんな、大事なときに綴理が勇んで作ってきてくれた曲を……
うまく踊れなかったの。
花帆
梢センパイ……。
でも、勝たなきゃいけなかった。
だから、私は……土壇場で振り付けを勝手に変えた。
花帆
それは、どういう……?
綴理が考えてくれた、“ふたりで頑張るもの”から、
“綴理だけを立てるもの”に変えた。
それが一番、勝率が高いと思ったから。
花帆
じゃあ、そのとき綴理センパイは……。
どうして、と言っていたわ。 当然よね。
ぎりぎりまで「私は大丈夫だから」で押し切っていたのに。
練習して、練習して、練習して……
あの子の隣で踊れる自分に、私は、なれなかった。
ふー……。
地区予選を突破して、綴理は
“蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの夕霧綴理”
としてみんながよく知るスクールアイドルになった。
そして、私はクラブ存続のために綴理を裏切った。
……私の大丈夫は、信じられない……その通りね。
花帆
なんで。
え?
花帆
なんでそうなるんですか!
花帆
あたし分かりません!
花帆
もし負けちゃっても一生懸命頑張って、
綴理センパイがスカウトを断ってくれれば……くれ、れば。
そうね。 あなたの言う通りだわ。
花帆
っ。
綴理がスカウトに乗ったら、この部活は廃部になる。
そう言ってクラブを人質に取ることもできたかもしれない。
でも……クラブのためだと思って、
綴理に非情になることも……私にはできなかった。
……いえ。 そんなふうに私はちゃんと、綴理を想えていたのかしら。
ただ、そんな脅しじみた言葉さえも振り払って綴理が去ってしまったらと……
結局は自分のことばかり考えて怯えていただけなのかも。
花帆
う、ぐ、ぐ。
……梢センパイ!
花帆
だとしても!
今こうなっちゃってるのは、おかしいです
花帆
だって梢センパイは、スカウトを断るって言ってるんですから!
……花帆さん。
私の目標はね、ラブライブ!優勝なの。
花帆
ラブライブ!、優勝……。
思えば……しばらく口にしてなかった。
花帆さんにも言っていないんだって、今気が付いたわ。
花帆
……。
綴理ったらね、
ラブライブ!が何なのかも分かっていなくて。
去年の今頃は、
朝になるまでラブライブ!の色んな動画を夢中になって見せていたっけ。
花帆
……そんなことも、あったんですね。
そうね。 本当に……懐かしい。
よく憶えているものだわ……綴理も。
もし私の夢に……ラブライブ!優勝に近づきたいのなら、
強豪スクールアイドル部からの誘いに乗るべき……か。
あの子の飛躍するチャンスを潰したかもしれない私とは……
本当に真逆。
花帆
……梢センパイは、
綴理センパイの足を引っ張りたかったわけじゃないはずです。
花帆
そんなこと言わないでください。
ありがとう。
そうね、もちろん私だってそんな気持ちではなかったわ。
むしろ、私は……。
私は、ただ……。
花帆
梢、センパイ?
……ああ、そう。 そうなのね。
ーー私は、なんにも分かっていなかった……!
ごめんなさい、花帆さん、やっぱり私。
花帆
はい!
花帆
……がんばれ、梢センパイ。
はじめまして。 乙宗梢と申します。
目標はーーラブライブ!優勝です。
綴理
……もう朝だね。 楽しかったけど。
……勝ちたかったから、やったのよ。