第6話『未来への花』
PART 7
吟子祖母 | それにしても、今回の催しは、ほんとに見事なもんやったよ。 |
吟子祖母 | 金沢の魅力を大勢の人に知ってもらえる…… ちゃんと、そういう催しになっとったわ。 |
吟子祖母 | これだけのことをするのは大変やったやろう。 |
吟子祖母 | よく頑張ったね、吟子。 |
吟子 | ありがとう、おばあちゃん。 |
吟子 | でも、私だけの力じゃなくて……。 |
吟子 | 蓮ノ空のみんなが一緒にやろうって言ってくれて、 街の人たちが協力してくれて……みんなが力を貸してくれたおかげやから。 |
吟子祖母 | もちろん、それもあるやろうね。 |
吟子祖母 | ほやけど、それは吟子が言い出さんかったら、 生まれんかったもんでもあるんやろ? |
吟子祖母 | 大したもんやわ。 私も、誇らしい気持ちやわ。 |
吟子祖母 | そんで、今日はどうしたん? まだ明日もあるんやよね? |
吟子 | あ、うん。 相談したいことがあって。 |
吟子 | 今回のイベントの、備品のことなんやけど。 これが、結構な分量あるから、学校の倉庫にはしまえんくて。 |
吟子 | それで、おばあちゃんが前から使っとる街の倉庫があるやろ? あそこを、使わしてもらえんかなと思って。 |
吟子祖母 | ああ、そういうことやね。 それじゃ、ちょっと倉庫の方と相談してみるわ。 |
吟子 | よかった。 |
吟子祖母 | そういえば、昔もこんなことあってんよ。 |
吟子祖母 | あのときも、倉庫を使わせてほしいって相談されて……。 懐かしいわ。 |
吟子 | それ、何の話なん? |
吟子祖母 | ほら、10年ほど前にも、この街で大きな催しがあったやろう。 |
吟子祖母 | あれも、今の吟子と同い年くらいの学生さんが企画しとって。 催しが終わったとき、学生さんが相談しにきて。 |
吟子祖母 | まあ、大きな催しって言っても今回ほどの規模じゃなかったから、 備品の量もそこまでじゃなかってん。 |
吟子祖母 | 二つ返事で引き受けることにしてんよ。 |
吟子 | 10年前の、イベント……? |
吟子祖母 | おや、覚えとらんが? あんたもあんなに、楽しそうにしとったんに。 |
吟子 | 私が……? |
吟子 | そんなことあったっけ……。 その頃だと、私、5歳くらい……? |
吟子祖母 | そうそう、それくらい。 あの頃の吟子は、どこいっても人見知りしとってん。 |
吟子祖母 | でも、あの催しのときに、 この街の伝統に触れて、それを担うお年寄りたちとも仲良くなって。 |
吟子祖母 | あれから、あんたは笑顔が増えてってんよ。 私もうれしかったわ。 |
吟子祖母 | ふふ……今度はそんなあんたが、 こんなにすてきな催しをするようになるなんて……。 何だか、感慨深いわ……。 |
吟子 | そうだった……。 私、あのときから、金沢の伝統が好きになって……。 |
吟子 | なのに……。 |
吟子 | そんな大事なことを……私、ずっと忘れてた……。 |
吟子祖母 | まあ、ちっちゃい頃やからねぇ。 覚えとらんくても、そこまで不思議じゃないとは思うけどね。 |
吟子 | 私だけじゃない。 街の人たちも……。 |
吟子 | みんな、どこか慣れてる感じがあったのは……。 あれは、10年前にも似たようなことを経験していたからだったんだ……。 |
吟子 | だけど、そのイベントのことは、もう誰も話してなかった……。 |
吟子 | みんな、忘れちゃってるんだ……。 たった10年で……。 |
吟子 | だったら、Bloom Daysも……。 |
吟子 | あんなにいっぱい、人が来てくれて……。 みんな笑顔で……すごく、盛り上がったのに……。 |
吟子 | それでも、Bloom Daysも忘れ去られちゃうんだ……。 |
吟子 | いっとき咲いて、ぱっと散ってゆく花みたいに……。 こんなんで……私、夢を叶えたって言えるの……? |
吟子 | あ……。 |
吟子 | そうか、花だ……。 |
吟子 | 毎年咲くから、花は記憶に残っていくんだ。 |
吟子 | だったら、Bloom Daysも毎年続けてーー。 |
吟子 | ……毎年? |
吟子 | 来年には、花帆先輩はいないのに……? さやか先輩も、瑠璃乃先輩もいないのに? |
吟子 | こんな大きなイベントを……。 私ひとりで、ずっと……。 ずっと……。 |
花帆 | 吟子ちゃん、ここにいたんだ。 |
吟子 | 花帆、先輩……。 |
花帆 | 帰りが遅いから心配したよ。 メッセージ送っても反応なくて。 |
吟子 | ごめん……。 |
花帆 | 何があったのか聞いていい? |
吟子 | ……おばあちゃんに聞いたの。 10年前にも、金沢で、街ぐるみのお祭りがあったって。 |
吟子 | そのときも街の人たちが手伝ってて……しかも、 私が金沢の伝統を大好きになる、きっかけになったイベントだったんだよ……。 |
花帆 | そうだったんだ……。 |
吟子 | なのに、私、そのイベントのことをずっと忘れてて……。 街の人たちも、誰も覚えてなくて……。 |
吟子 | 一回やっただけじゃ、10年も経ったらみんな忘れちゃうんだ……。 Bloom Daysも、同じ……。 |
吟子 | 忘れられないためには、毎年、続けていくしかない……。 だけど、来年にはもう、花帆先輩たちはいない……。 |
花帆 | でも、もし来年もやるってなっても、吟子ちゃんひとりでやるわけじゃ。 |
花帆 | 姫芽ちゃんや小鈴ちゃん、泉ちゃんに、 せっちゃんだってがんばってくれるだろうし、その頃には、また新入生だって! |
花帆 | 吟子ちゃんがひとりで背負いきれなくても、 みんなが手伝ってくれたら、きっと! |
吟子 | ううん。 |
吟子 | 私はやるよ。 たとえ、ひとりでも。 |
花帆 | えっ……!? |
吟子 | 蓮ノ空を卒業しても、それからも、ずっと。 |
吟子 | 花帆先輩が、たったひとりでもBloom Garden Partyを 開こうと決めたみたいに、私はこれから先もずっと、続けていきたい。 |
吟子 | 形を変えても、いつか名前を変えても、遺したいんだ。 だって、それが私の夢だから。 |
花帆 | 吟子ちゃん……。 |
吟子 | でも……。 |
吟子 | わかったんだよ、私……。 始めることよりも、続けることのほうが、よっぽど難しいんだ、って……。 |
吟子 | 私ひとりがどんなにがんばっても、どんなに続けようと願って、 もがいても……ひとりでできることには、限界があるから……。 |
花帆 | でも、吟子ちゃんの言葉ならきっと、みんなに届くよ! |
吟子 | 今回だって、蓮ノ空がラブライブ!で優勝したから、 みんな手伝ってくれてるけど! |
吟子 | 5年後も、10年後も、続けられる保証は、どこにもない! |
花帆 | 5年後、10年後……。 |
吟子 | いつかは、みんなの思い出になって…… そして、飽きられて、消えていくんだ……。 |
吟子 | これまで喪われてきた、たくさんの伝統と……同じように……。 |
花帆 | ……10年前のお祭りを、覚えてなかったこと、 そんなにショックだったんだ……。 吟子ちゃん……。 |
吟子 | ……改めて、思うんだ。 |
吟子 | 加賀繍の歴史は、室町時代の初期から始まったんだよ。 もう、600年も続いてる文化なんだ。 |
花帆 | 600年!? |
吟子 | そう……。 私はおばあちゃんから。 おばあちゃんも、そのまた先輩たちから技法を受け継いできて……。 |
吟子 | もう、ファンタジーの世界と、変わらないよね。 |
吟子 | そして、その熱意が途切れずにずっと続いてるのって、 本当に奇跡なんだな、って。 |
吟子 | 他のすべてだって、そう。 |
吟子 | 芸楽部の歴史だって、さかさまの歌が残ってたのだって、 ぜんぶ、奇跡だったんだよ。 |
吟子 | 私たちは来年のことだって、わからないのにね。 |
吟子 | だから……。 みんなの火が消えていくのを見るぐらいだったら、 今回のBloom Daysは、この一度のイベントで終わらせた方が……。 |
吟子 | いいんじゃないか、って……。 |
吟子 | 私の夢は、また別の方法で叶えられるように…… 一から、考え直した方が……。 |
花帆 | ……。 |
花帆 | ……でも、吟子ちゃんは続けたいんだよね? |
吟子 | それは……! |
吟子 | 当たり前に、決まってるよ……! |
吟子 | だって私が大好きなこの街のために、 初めて力になれたって思えたイベントだから! |
吟子 | すごく、楽しかったから……。 |
花帆 | じゃあ、続けられる方法を、一緒に考えようよ! |
花帆 | あたしも楽しかったし、クラブのみんなも、 手伝ってくれた人たちも、みんなみんな楽しそうだったのに! |
花帆 | ここで諦めることなんてないよ! |
吟子 | ……そうだよね、花帆先輩だったら、そう言ってくれるよね。 |
吟子 | ごめん……。 ありがと……。 |
花帆 | ううん。 もしここにいるのが、さやかちゃんでも、瑠璃乃ちゃんでも。 小鈴ちゃんや姫芽ちゃんでも、他の誰でもね、みんな同じことを言ったよ。 |
花帆 | だって、吟子ちゃんががんばってる姿、 夢を追いかける姿、ずっと隣で見てきたんだから。 |
吟子、わずかに涙ぐんで。 | |
吟子 | ……うん、あんやと。 |
吟子 | あのね……たぶん方法は、ないわけじゃないと、思って。 |
花帆 | それって? |
吟子 | 私がどうにかできる範囲で、 これからも続けるんだったら……それぐらいなら……。 |
吟子 | 伝統になるかどうかは、わかんないけど……。 |
吟子 | ……いつか、私のやることに共感して、 受け継いでくれる人が出てくれば、もしかしたら……。 |
吟子 | そんな都合のいいことがあれば、だけど……。 |
花帆 | 共感して、受け継いでくれる人が……。 |
花帆 | ……吟子ちゃんのできる範囲で……これからも……。 |
吟子 | それだって、途方もない話だけど……。 |
花帆 | ……ねえ、吟子ちゃん。 |
花帆 | それって、そういうことなんじゃないかな? |
吟子 | え……? |
花帆 | 今、吟子ちゃんが言ったことが答えだよ! 吟子ちゃんは、最初から答えを知ってたんだよ! |
吟子 | 私のできる範囲で、がんばること……? でも、それじゃあ、ぜんぜん足りなくて……。 |
花帆 | うん、だから! |
花帆 | みんながみんなで、自分のできる範囲でがんばれば……それがきっと、 いつか伝統って呼ばれるものに、なっていくんじゃないかな!? |
吟子 | みんなが……。 |
花帆 | だって、楽しかったんだよね!? あたしたちだけじゃなくて……みんな、みんなが!! |
花帆 | だったらさ! |
吟子 | あ……。 |
吟子 | でも、それは。 |
吟子 | 本当に、そんなことが……? |
花帆 | ね、吟子ちゃん。 信じてみたくない? |
花帆 | 吟子ちゃんの好きなこの街を。 そして、この街のことが大好きな人たちを。 |
花帆 | だって、大好きなものを、大好きだから伝え続けたいって思うのが、 伝統なんだから! |
吟子 | ……。 |
吟子 | ああ、そっか……。 |
吟子 | ……花帆先輩。 |
花帆 | うん! |
吟子 | ひとつ、お願いがあって。 |
吟子 | やるからには本気で、私の夢を叶えたい。 だから、先輩の夢、Bloom Garden Partyに、この夢を乗せてもいい? |
花帆 | えっ。 |
ここでカメラが遠景となり、吟子が花帆に何かを伝え、花帆が驚いた顔に。 | |
カメラが遠景から戻ると、花帆の顔に笑みが広がる。 | |
花帆 | いいと思う! |
吟子 | 本当に……? これ、先輩の夢を利用しようって話なんだけど……。 |
花帆 | でも、あたしの夢のために、金沢の力を貸してもらうって話でもあるし。 っていうか、コラボって、そもそもそういうものでしょ? |
花帆 | ひとりとひとりの力が集まって、そしてより大きな力になっていく、みたいな! Win-Winってやつだよ! 問題なし! |
吟子 | うん……うん。 |
吟子 | 今、ようやくわかった気がする。 |
吟子 | この胸から、あふれてくる想い……。 これがきっと……。 |
吟子 | 花咲きたいって、気持ちなんだ。 |