第2話『踊り続けよう、きみが見てる』
PART 3
翌朝。さやかがひとりで歩いて登校している。 | |
小鈴の特訓について思案を巡らせるさやか。 | |
さやか | 特訓……特訓か。 |
さやか | わたしにパフォーマンスを教えてくれた人たちは、 “特訓”って言ったらどうしてくれたかな。 |
●回想の謎空間さやかが思い出している過去の記憶。 | |
つかさ | こんっくらい強く蹴り出したら、足がこうなるでしょう? だからそんままくるくるーっと、いえい! ね? なるでしょ? |
綴理 | えだまめ。 そらまめ。 ナットゥ。 ……食べ物ばっかりじゃない? |
どうしようもない回想が終わる。 | |
既に練習着に着替えた状態で、さやかと小鈴がふたり。 | |
さやか | ということで、誰も参考になりませんでした。 |
小鈴 | あぅ……だと、やっぱり。 |
さやか、緩く首を振る。 | |
さやか | でも……その代わり、ふたつのことを思い出したんです。 |
さやか | ひとつは、その参考にならない指導のおかげで、 わたしはここまで導いてもらえたこと。 |
さやか | わたしは指導者には恵まれていたんです。 |
おお、という感じにぽけっと口を開ける小鈴。ほっとくと口が空いてるの小鈴っぽくて可愛いかなと。 | |
小鈴 | ……。 |
さやか | そしてもうひとつはーー先輩にしてもらったことは、 後輩に返していくものだと言われたんですよね。 |
さやか | わたしが、わたし自身のきらめきとはなにかを、教えてもらった時に。 |
小鈴 | あ……それじゃあ。 |
小鈴に笑いかけるように、さやかは優しく伝える。 | |
さやか | はい。 なので、わたしなりにで良ければ頑張りたいと思ったんです。 |
さやか | 行き届かないこともあるかもしれませんが、 それでも、小鈴さんの気持ちに応えたい。 |
小鈴 | わあ……はい! やったー! |
さやか | あははっ、そう言って貰えると気が休まります。 わたしも綴理先輩からひとつ託されました。 |
さやか | 小鈴さんの色を乗せた、新しいDOLLCHESTRAの曲……その作詞。 この“特訓”を経て、小鈴さんのきらめきを皆さんに届けましょう。 |
小鈴 | 徒町の……が、がんばります! |
空気を切り替えるように一拍置く。 | |
さやか | では。 |
さやか | まず、問題点を洗い出しましょう。 小鈴さんに足りないものは何なのか。 それを見て行きたいと思います。 |
さやか | なのでまずはこのメニューをこなしていきましょう。 |
拳を突き上げる小鈴。 | |
小鈴 | どんなのでも来いです! ちぇすとーーー!!! |
ドン引きしてる花帆がドアップで映る。 | |
花帆 | お、鬼……! そんなメニュー組んだの……!? |
さやかは花帆の向かい合わせに部室の机に座っている。花帆の隣には梢。 | |
さやか | え、どこかおかしいところがありましたか……? |
花帆 | やっぱり鬼だ……! 第2号だぁ……! |
花帆の隣でぱらぱらと紙の束をめくっていた梢が顔を上げる。 | |
梢 | “特訓”と言っていたのよね? ならまあ、このくらいでいいのではないかしら。 |
花帆 | あたしもう二度と、“特訓”って言葉使わないようにしよう……! |
ここで初めて、ソファに突っ伏している小鈴が映る。 | |
ソファに倒れている小鈴に心配そうに恐る恐る声をかける吟子。 | |
吟子 | こすず、さん……? だ、だいじょうぶ……? |
吟子 | ……これ、寝てるだけ、ですよね? |
話者名「小鈴だったもの(声は小鈴)」に変更 | |
大丈夫なのか、という顔でさやかに振り返る吟子。さやかはさらっと、さも当然のような顔をして答える。 | |
さやか | まあ、わたしもフィギュアの合宿では、休み時間はずっと寝てましたから。 |
花帆 | あ、自分がやったことだから全然おかしいと思ってないんだな、さては。 |
頬に手を当てる梢 | |
梢 | もしも小鈴さんがつらいとか、やめたいとか、 そういうことを言っていたら止めるべきなのかもしれないけれど。 |
頬に手を当てる梢に、さやかは首を振る。 | |
さやか | いえ、泣き言ひとつ言わずに頑張っていました。 それこそ、きっとフィギュアの合宿の時のわたしよりも。 |
優しい目で突っ伏して寝ている小鈴を見るさやか。 | |
さやか | そもそも、特訓がしたいと言い出したのも小鈴さんですし…… 本当に頑張り屋さんなんです。 |
小鈴の寝言。 | |
小鈴 | ぐぅ……あと20往復……!? ばかな、もう六文銭はすっからかん……。 |
吟子 | 三途の川で練習してる……。 |
一方さやかは一枚の紙を取り出して、机の上で何かを書き始める。 | |
花帆 | さやかちゃん、それは? |
さやか | 小鈴さんの足りないところーー 今回の“特訓”で鍛えるべきところを決めたんです。 |
さやか | ご家族に立派な姿をみせるために必要な、目標ですね。 |
梢 | さやかさんの目から見て、小鈴さんの足りないところというのは? |
梢の言葉に、苦笑いで応えるさやか。 | |
さやか | 技術面でいえば、たくさんありますね。 |
さやか | でも、そういうことじゃないと思うんです。 今の小鈴さんは一生懸命で、頑張っていて、凄く魅力的ですから。 |
さやか | だから、小鈴さんに必要なのは余裕かなと。 |
花帆 | 余裕って……ライブで疲れないとか? |
突っ伏している小鈴が映る。 | |
吟子 | こうならないとか? |
さやか | いえ……正確には応援してくれる皆さんを見る余裕、です。 |
さやか | 小鈴さんは頑張ってるんですけど、 自分がパフォーマンスを完遂することに手一杯なんです。 |
さやか | 意識を皆さんの方に向けられていないというか。 |
梢 | なるほどね。 確かに大事なことだわ。 |
梢 | 頑張るあまり、見えなくなっているものがある…… その課題を、小鈴さんにはもう伝えているの? |
さやか | はい。 応援してくれる皆さんの方を見る……皆さんに想いを伝える。 |
さやか | それが、スクールアイドルの本当に素敵なところだと、 わたしは思っています。 |
さやか | だから、小鈴さんにもそれができるようになってほしい。 とくに……今回は小鈴さんのご家族が相手ですから、なおのこと。 |
吟子 | 小鈴さんの伝えたいことって、何なんでしょう? |
さやか | 深くは聞いていません。 それはステージで出すものだと思いますから。 でも、小鈴さんはその話をした時に言ってました。 |
会場を見るための余裕を作る、という話を聞いた小鈴が力強く頷く。 | |
小鈴 | 応援してくれる皆さんに伝えたいこと…… はい! あります! |
さやか | 伝えたいことがあるからには、それを届けさせてあげたい。 わたしができることは、そのための礎を作ることだと思います。 |
花帆 | それで、余裕を作るための。 |
さやか | はい、基礎からみっちり、体力作りです! |
校舎と空を映し、時間経過の演出。昼から夕方になり、夜になる。 | |
姫芽と吟子が並んで帰ろうとしているところ。ふたりとも既に制服。 | |
吟子 | 小鈴さん、大丈夫かな。 |
姫芽 | けっこう待っても帰ってこなかったもんね~。 探してみる? |
吟子 | さやか先輩も戻ってないみたいだから、一緒にいるとは思うけど……。 |
と話しながら歩いていると、遠くから外周中の小鈴が走ってくるイメージ。 | |
小鈴 | ちぇすとーー……!! |
姫芽 | あのなぞの気合は。 |
吟子 | 小鈴さん! |
小鈴 | おおお……お? 吟子ちゃん、姫芽ちゃん……はあ、はあ……。 |
姫芽 | はろはろ~。 おつかれさま~。 |
吟子 | 放課後も誰よりも早く練習行ったのに、まだ終わってないの? その……特訓? |
へらっと笑いつつ、膝に手をついて呼吸を整えている小鈴。 | |
小鈴 | いやあ、しょせん徒町なのでぇ……はぁ……はぁ……。 |
小鈴 | さやか先輩も待ってくれてますし、頑張らない、と……! ……はぁ……はぁ……。 |
吟子 | ねえ。 大丈夫? つらくないの? |
小鈴 | へ? |
姫芽 | ……吟子ちゃんは、小鈴ちゃんを心配してるみたいだよ~? |
吟子 | っ……姫芽さんも、もう少し心配していいと思うんだけど。 |
姫芽 | “特訓”なんでしょ~? そりゃあ、頑張れるだけ頑張るでしょ~。 暇潰しのトレモと、目的持ったトレモじゃ意識も違うしね~。 |
吟子 | そうだった、姫芽さんはそっち側だった……。 |
小鈴を心配する雰囲気に、小鈴は笑ってお礼を言う。 | |
小鈴 | ……あはは。 ありがと。 |
小鈴 | でも徒町はだいじょぶです。 |
小鈴 | もちろん、お願いしたのが徒町からっていうのもあるけど……さやか先輩が、 徒町に足りないものをどうにかしてくれようとしてるから……。 |
小鈴 | ここで全力出さなきゃどーするんだって、思ってて。 |
吟子 | 今度の敦賀のため、だよね? |
小鈴 | うん。 地元だから、家族が来るんだ。 ちゃんとスクールアイドルやってるんだって、見せたくて。 |
姫芽 | そっか~。 そりゃあ失敗できないね~。 |
小鈴 | いや、それはどうですかね。 |
姫芽 | へ? |
小鈴 | 所詮徒町なので、派手に失敗するかも。 |
わかるわかると思っていたら急に理解できない価値観がまろび出てきてびっくりする姫芽。 | |
姫芽 | 勝つために練習してるんじゃないの!? |
吟子 | 勝つって何に……でも姫芽さんの言う通り、 最初から失敗するつもりじゃなくていいんじゃないの? |
小鈴 | あ、ううん。 もちろん、失敗するつもりでとかじゃないよ。 |
小鈴 | でも、まずは全力を出すことが一番っていうか…… 結果はそんなに大事じゃないっていうか。 |
小鈴 | 徒町ここまで頑張ってきたよ、って示したいんだ。 鞄に付くバッジは、“大失敗”でもいい。 |
小鈴 | バッジが付くことが、大事。 みたいな。 えへへ。 |
諦めたようにため息をつく吟子。 | |
吟子 | ……。 はあ。 姫芽さん、ごめん、先に帰ってて。 |
姫芽 | ん~? |
小鈴 | 吟子ちゃん? |
吟子 | 付き合うから、さすがに。 見てないところで倒れられても、困るし……。 |
姫芽 | 吟子ちゃんは、優しいね~。 |
顔を赤くして言い返す吟子。 | |
吟子 | そういうんじゃないから! |
人懐っこく、吟子と小鈴の腕を抱く姫芽。 | |
姫芽 | むふ~。 あ、もちろんアタシも行くよ~。 一年生チームで、実績解除しにいこ~。 |
小鈴 | わあ……ありがと! がんばるぞぉ、ちぇすと~!! |
姫芽 | ちぇすと~。 |
走っていく小鈴と、制服のままの吟子と姫芽。 | |
吟子 | ……ちぇ、ちぇすとぉ。 |