第18話『いずれ会う四度目の桜』
PART 2
家の前に立つ梢。首が痛くなりそうなぐらい家を見上げる花帆。 | |
衣装は私服。 | |
門扉の前で立ち止まるふたり。 | |
梢 | ふう、ようやくついたわね。 |
花帆 | け、け……。 |
梢 | け? |
顎が外れそうなほどびっくりする花帆と、穏やかに笑う梢。 | |
花帆 | 兼六園級じゃないですか!? |
梢 | なにを言っているの、花帆。 兼六園は11ヘクタール。 約3万坪もあるのよ。 さすがにそこまでじゃないわ。 |
花帆 | え、ええぇ……? |
梢 | それに、広さという意味では、 花帆のご実家は我が家以上ではないのかしら。 |
おかしな対比をされて、花帆が口を尖らせながらツッコミをする。 | |
花帆 | うちはほとんど山ですもん~! |
梢は上品な微笑み。 | |
梢 | 時間があれば、花帆のために歓迎の演奏会を開いてあげたいのだけれど。 今回は作業に集中をしたいから、またの機会にしましょうね。 |
花帆 | 演奏会……!? |
花帆 | あ、あの、あたし、 次来るときはドレスとか着てきたほうがいいですか……!? |
梢 | あら、それもかわいいわね。 でも、大丈夫よ。 私が中学の時に着ていたものが、いくらでもあるから。 |
戦々恐々した花帆が、梢の後をついていく。 | |
花帆 | い、いくらでも……! やっぱりすごい、梢センパイ……! |
ふたりで部屋に寄ってから、音楽室にやってくる。 | |
花帆はあまりにも広い家に、もう疲労困憊気味。 | |
梢 | というわけで、ここが音楽室よ。 ……あら、どうしたの? 花帆。 |
花帆 | い、いえ、客間に荷物を置かせてもらってからも、かなり歩いたので……。 梢センパイ、自宅でもトレーニングしてたんですね……! |
梢、花帆の体を気遣う。 | |
梢 | そういうわけではないけれど……。 ええと、少し休んでからにしましょうか? |
花帆 | いえ! 今回は作曲のために来たので、早く進めましょう! 一泊二日しかありませんし! |
梢の力になろうと張り切る花帆に、梢は微笑む。 | |
梢 | わかったわ。 実はね、曲のイメージはもうできているの。 |
花帆 | わあ、さすが梢センパイ! |
梢 | ただ、できているのはあくまでも大枠だけ。 ここから細部を詰めていかなきゃいけなくて。 |
先生のような梢の言葉に、花帆はしっかりと胸を張る。 | |
梢 | その作業がいちばん大変だって、もう花帆もわかってるわよね? |
花帆 | ふっふっふ。 あたしだって、 スクールアイドルクラブに入部して、もうすぐ1年経つんですよ。 |
花帆 | こないだは、慈センパイのお手伝いだってしたんですから! |
その頼りがいのある言葉に、微笑む梢。 | |
梢 | そうだったわね。 あれも素敵な曲だったわ。 |
梢がギターを手にして、花帆がキーボードの前に立つ。 | |
梢 | じゃあ、早速始めましょう。 まずはメロディラインを確定させるところから。 |
花帆 | はい! よろしくお願いしまーす! |
しばらくふたりは作曲の作業に没頭する。 | |
あっという間に日が暮れ、夜になってゆく。 | |
シーン内場面転換。乙宗家外観を映して、夜になった描写。 | |
ピピピピと、アラームの音がする。 | |
梢 | あら……いけない、もうこんな時間だわ。 |
疲労を顔ににじませながらも、充実感のある花帆。 | |
花帆 | あ……ちょっと、熱中しすぎちゃいましたね。 でも、かなり進みましたよね? |
梢 | ええ、これなら、早ければ明日には形になりそう。 助かったわ。 ……ふふっ。 |
花帆 | 梢センパイ? |
梢 | いえ。 この前は作詞をしてもらって、今度は作曲のお手伝い。 最近ますます頼りになるわね、花帆。 |
梢 | それが嬉しくなっちゃって。 |
花帆、デレデレのニコニコ。梢は微笑む。 | |
花帆 | えええ~! そんなこと言われたら、 あたしこそ、もう嬉しさでバクハツしちゃいますよ~~! |
梢 | ふふっ。 それじゃあ、食事にしましょう。 |
梢 | 私の大切な後輩が泊まりに来るからと言ったら、 普段は料理人任せの母が、珍しく腕を振るってくれたのよ。 |
花帆 | はい! …………って、センパイのお母さん!? |
梢 | ええ、そうだけれど……? |
花帆、自分の私服を見下ろして、絶望的な顔。 | |
花帆 | あたし、こんな格好ですよぉ!? |
動揺する花帆に、冷や汗を流す梢だった。 | |
梢 | か、かわいいんじゃないかしら……? |
お風呂に入って、夜。 | |
ふたりは寝間着姿。梢がアルバムをめくり、花帆が覗き込んでいる。 | |
梢 | これが、小学四年生の時。 バレエの発表会ね。 |
嬉しそうな声をあげて、身もだえる花帆。 | |
花帆 | わあ、わあ~~! 梢センパイかわいい~~! 写真に撮ってもいいですか!? |
梢は頬を赤らめながら、綴理相手に言うように、きっぱりと言う。 | |
梢 | ……他の人に見せそうだから、だめよ。 |
花帆 | ええ~~~! うう、わかりました。 それじゃあ今ここで目に焼きつけて……。 |
苦笑いをする梢。 | |
梢 | まったくもう。 |
梢 | それにしても、お母様には困ってしまったわね……。 あんなに口を滑らせるだなんて。 |
花帆 | 楽しかったですよ! 梢センパイの昔話! |
花帆 | 最初はとても緊張しましたけど……でも、すっごく優しくて。 さすが梢センパイのお母さんですね! |
梢は苦笑いを浮かべて、答える。 | |
梢 | どうかしらね。 きっと、花帆に会えて、上機嫌になっていただけよ。 あの人、花帆の配信だって追いかけているんだから。 |
花帆 | そうなんですか!? |
それから、梢はぱらぱらとアルバムをめくり、母親に言われた言葉を思い返す。 | |
梢 | でも、本当に……。 この頃は、笑っている写真が少ないわね。 |
花帆は笑っていない梢ももちろん好きなので、いい風に解釈。 | |
花帆 | 確かに。 なんだかキリッって感じですね! |
意外そうに聞き返す花帆。 | |
梢 | 蓮ノ空に入るまでの私はね、どこか、心に壁を作っていた気がするわ。 |
花帆 | そう、なんですか? |
梢 | ええ。 生真面目で、頑固。 |
梢 | あの頃は、一対一で向き合わなければ、 本当の音楽にたどり着くことはできないと思っていた。 |
梢 | 他人に興味がなかったというよりは、そうね。 きっと、余裕がなかったの。 |
梢 | 自分が理想に手を伸ばすために精一杯で。 周りがどんな気持ちでいるのかなんて、二の次だった。 |
花帆 | でも、今の梢センパイはぜんぜん違いますよね! いっつもあたしの気持ちに寄り添ってくれて。 |
梢、昔を懐かしむように微笑む。 | |
梢 | そうね。 それを教えてくれたのもやっぱり、 スクールアイドルクラブであり……沙知先輩だったわ。 |
梢 | 沙知先輩とユニットを組んで、お互いの意見を交換しながら、曲を作る。 |
梢 | その過程で新しいものが生まれ、 私の想像を超えた、素敵なステージが形作られてゆく。 |
梢 | その初めての体験はとても鮮烈で、刺激的だった。 |
梢 | 私ひとりの世界に、次々と色が生まれて……。 楽しかったのよ。 夢を追いかけることだって、ぜんぶ。 |
梢 | これがスクールアイドルなんだって、ようやくわかったの。 |
梢、花帆に微笑む。 | |
梢 | だからね。 自分ひとりの限界を知っても、今はもう絶望しないわ。 |
梢 | 心と心を繋げていけば、 世界はどこまでも広がってゆくんだって、知っているから。 |
花帆、大きくうなずく。 | |
花帆 | はい! |
梢 | 花帆がついてきてくれて、よかったわ。 沙知先輩には、返しても返し切れない、恩がある。 |
梢 | だからせめて、素敵な曲を作りたかったの。 |
花帆と大きくうなずき合う梢。 | |
花帆 | えへへ……。 沙知センパイへのお礼の曲……ぜったい、いいものにしましょうね! |
梢 | ! ええ、もちろん。 そうと決まったら、明日のために今日はもう寝ましょうか。 |
そこで花帆がもじもじする。 | |
花帆 | あの、それなんですけど、梢センパイ~……。 |
梢 | なぁに? |
きょうは頼りになるところばかりを見せてきたので、恥ずかしい気持ちがありつつも、勇気を出して、梢に甘える花帆。 | |
花帆 | シンとした廊下を通って客間に戻るの、なんだかすごく寂しくて……。 きょうはせっかくなので! 梢センパイと一緒に寝てもいいですか!? |
梢、優しく微笑む。 | |
梢 | ふふふ。 |
梢 | だめよ。 ベッドが狭くなるもの。 |
思いっきりショックを受ける花帆。 | |
花帆 | がーん!! |
梢 | ……と、蓮ノ空に入る前の私なら、言っていたでしょうね。 もちろんいいわ。 かわいい後輩の頼みだもの。 |
花帆 | うわーん! 梢センパイを優しくしてくれて、ありがとうございます! 沙知センパイ~~~! |
抱きついてくる花帆に梢が楽しそうに笑って、消灯。 | |
梢 | ふふふふ。 |