第15話『夢を信じる物語』

PART 4

待っている梢に、花帆が駆け寄っていく。
花帆
あの、さやかちゃんは部屋にいませんでした。
そう、綴理もいなかったわ。
どこにいったのかしら、DOLLCHESTRAのふたりは。
さやか
お疲れ様でーす。
手を振って見送った後に、花帆が腕を組む。
花帆
あ、お疲れ様ー!
……。
花帆
はあ、さやかちゃん、心配だなあ……。
ひとりでメソメソしちゃってたりしたら……。
……今、いたわよね?
花帆
え?
あっ! さやかちゃんだー!?
さやかがUターンして戻ってくる。
さやか
へ?
さやか
どうかしましたか?
花帆は責めるような口調ではなく、純粋な疑問をさやかにぶつける。
花帆
それはこっちのセリフだよ!
なんで落ち込んでないの!?
さやか
ええっ!?
さやか
あ、きょうは、その、確かに部活動はないという話でしたが、
わたしはこれからフィギュアの練習があるので、
さやか
少し体を温めてからいこうかと……。
花帆
そうなの!? えっ、すごいね!
さやかは首を傾げる。
さやか
昨日は大会だけでしたので、
オーバーワークにはなっていないと思うんですが……。
さやか
そういうことではなく……?
さすがに驚いて目を丸くしていた梢は、慌てて答える。
い、いえ……。 ごめんなさい、少し驚いてしまって。
さっきね、瑠璃乃さんと慈に会ってきたの。
ふたりとも、ラブライブ!の敗退が堪えていたみたいだったから、
あなたのことも心配していたのよ。
ようやく得心がいったと、さやかが大きくうなずく。
さやか
ああ、そういうことでしたか。
さやか
もちろん、負けたことは堪えましたよ。 ましてや今回は、みなさんと共に、
1年に一度しかない大会に挑んだのですしね。
さやか
でも、試合というのは、やってきたことの積み重ねの結果。
やり直せるわけでもありません。
さやか
だから、また粛々と練習の日々に戻るのです。
花帆
今まであたし、さやかちゃんのこと、誤解してたみたい……。
こんなのもう、村野さんだよ……。
さやか
あれ!? どうして心の距離が開いているんですか!?
きっと、あなたの言葉がとても前向きで、
立派に聞こえたからじゃないかしら……。 すごいのね、さやかさん。
さやか
立派、ですか……?
さやか
ああ、ああ、なるほど。
ようやく今、ちゃんとわかりました!
花帆
そうなの? 村野さん。
さやか
やめてください!
苦笑いを浮かべるさやか。それはどこか、諦めの混ざった笑顔だった。
さやか
あのですね、わたしは前向きでも立派でもありません。
さやか
わたし、お姉ちゃんに憧れて、小さい頃からフィギュアをやっているんです。
でも、お姉ちゃんと違って……あんまり、才能はなくて。
さやか
初めての大会は、3位でした。 お姉ちゃんは、ずっと1位だったのに。
さやか
それが悔しくて、たくさん練習したんです。
負けたのは、練習が足りなかったせいだからって思って。
さやか
初めて自分でも『努力』と思えることをしました。
さやか
その次の大会は、どうなったと思いますか?
花帆
……どうなったの?
さやか
残念ながら、表彰台には上れませんでした。
さやか
それ以降、
勝ったり負けたり……って言うのは、ちょっと見栄を張りすぎですね。
ほとんど、負けてばっかりなんです。
花帆がさやかの手を握る。さやかは優しく笑い返す。
花帆
さやかちゃん……!
ごめん、あたし、からかうつもりとかじゃなくて……!
さやか
ふっ……いいんですよ。
だからすっかり、慣れてしまいました。
それでもあなたは、努力することを諦めなかったのね。
その言葉にはしっかりとうなずくさやか。
さやか
はい。
さやか
試合で結果を残せないことは、つらいし苦しいです。
心が弱っているときは、それなりにちゃんと傷つきます。
さやか
きょうは休んじゃおうかなって思う日も、あります。
さやか
それでも。
さやか
努力を怠って試合に臨めば、
たとえ結果を得られたとしても、きっとわたしは満足できません。
さやか
わたしが見てもらいたいのは、いつだって最前線に立つわたしなんです。
えへんと語ってから、さやかは梢にその笑みを向ける。
さやか
部でいちばん努力をしている梢先輩になら、
わたしの気持ちが、わかってもらえると思いますが……どうでしょう?
……そうね、さやかさんはやっぱり、立派だわ。
さやか
えっ、そうですか?
花帆
すごい、すごいよさやかちゃん! かっこいい!
あたし、さやかちゃんのこともっと好きになっちゃった!
さやか
そ、そうですか!?
でも負け方が上手だと褒められるのは、なんだかとても複雑ですね!?
それじゃあさやかさん、練習の途中で呼び止めてごめんなさいね。
私たちは、次は綴理の様子を見に行ってくるわ。
そこでさやかの顔が、少しだけ曇る。
さやか
あの、梢先輩。 ひとつ、お願いしてもいいでしょうか。
綴理先輩のことなんですけど……。
さやか
綴理先輩は、わたしなんかよりずっとショックを受けているみたいなんです。
……綴理が?
さやか
はい。 けど、なにも話してくれなくて……。
どうしようかと、考えがまとまらなかったのですが。
さやか
この学校で、いちばん長い時間を共有した梢先輩に……
綴理先輩のことを、お願いしたいです。
苦笑いを返す梢。
……なんだか、大げさな言い方ね。
わかりました。 ちゃんと綴理を元気な状態に戻して、
あなたの元へ返品できるよう、善処するわ。
さやか
よろしくお願いします。
さやかは大きく頭を下げて、走り去ってゆく。
その顔はやはり真剣だった。
花帆
さやかちゃん、体を動かしていないと落ち着かなかったのかな……。
そうかもしれないわね。
花帆
そのきもち、なんだかわかるな……。
だって、あたしも……。
花帆
……あれ? あたしも……?
ぎゅっと胸の前で手を握りしめる花帆。
そこでまた一瞬、ラブライブ!のステージ会場がフラッシュバックする。
花帆の頭にポンと手を置く梢。
さ、それじゃあ次は、綴理を探しに行きましょう。
花帆
あ、はい!
行きましょう!