第8話『あの日のこころ、明日のこころ』
PART 2
ざわざわと賑わっている屋台の群れ。 | |
通りの入口に立っているふたり。 | |
スマートフォンを見下ろすと、『ふたりで楽しんできてください!』という花帆からのコメント。 | |
梢 | あの子たち、ちゃっかり私たちの外出許可まで……。 初めてみる手際だわ……。 |
綴理 | こず。 |
声をかけられて、梢が顔を上げる。 | |
梢 | あ、ごめんなさい。 なにかしら。 |
れいかさん | おうい、こっちこっちー!! |
綴理、声の方を見てから梢に振り返る。 | |
綴理 | いこ。 |
いつも通りの綴理に、梢も頷く。 | |
梢 | そうね。 |
ぱん、と拝むように手を合わせるれいかさん。 | |
拝まれて顔を見合わせる二年生。 | |
れいかさん | というわけで三つの屋台を掛け持ちしてるので! ふたりにはここを基本お願いさせてほしいの!! |
梢 | ど、どうしてそんなことに? |
れいかさん | どこも人手不足で頼られちゃってねえ。 気付いたらあたし自身も大変だったのよー! |
梢 | れいかさんは、変わりませんね。 じゃあ、任されました。 |
れいかさん | ありがとう梢ちゃん!!! 綴理ちゃんも、ごめんねえ! |
綴理、ブイサイン。 | |
綴理 | ん。 店番、得意。 |
梢が首を傾げる。 | |
れいかさん | ありがとう、ありがとう! それじゃあ、行ってくる、か、ら……? |
ぴったりくっついているふたり。 | |
れいかさん | どうしてそんなにくっついてるの? |
梢 | そ、れは……。 |
綴理 | ん。 試練。 |
れいかさん | んー? ふたり一緒に見るのも久しぶりだし、面白いからいっか。 |
れいかさん | それじゃあ今日はお世話になるわ! ごめんねえ、ちょくちょく見には来るから! |
同じく手を振って見送っていた綴理が呟く。 | |
綴理 | ところでこず。 なんのお店? |
梢 | 知らずに任されたのね……。 |
梢 | はい、おまちどおさま。 また来てくださいね。 |
お客さんを見送るふたり。 | |
綴理 | ばいばーい。 |
綴理 | こず。 ボク、これでいいの? |
綴理を振り返り、困ったような笑みを浮かべる梢。 | |
梢 | とはいっても、こんな狭い場所にふたりで作業するのも危ないし。 そこまでしなきゃいけないほど、忙しくもないのよね……。 |
綴理 | そっか。 |
梢&綴理 | ……。 |
綴理 | あんまり来ないね、お客さん。 |
梢 | まあ、そうね! |
頬に手を当て、少し考えるそぶりを見せる。 | |
梢 | ねえ、綴理。 |
梢 | 確かに「お客さん少なかったです」 とれいかさんに伝えるのもしのびないし、どうせなら盛況にしたいのよね。 |
綴理 | ん? うん。 |
梢 | 少し、お客さんを集める方法を……相談してもいいかしら。 |
梢 | こういう屋台のお手伝いをするの、 私は初めてだから、どうせなら忙しくしてみたいの。 |
相談と聞いて、目を丸くする綴理。 | |
綴理 | ! |
やる気を出して綴理は頷く。 | |
綴理 | 分かった、頑張って考えるよ。 こずは、お客さん来た時のために構えてて。 |
綴理に背を向けて、仕事に戻る梢。 | |
梢 | 構える、はちょっと違うけれど……。 分かったわ。 準備しておくわね。 |
綴理 | よし……なにかないかな。 |
梢が鼻歌を歌いながら準備していることに気付く綴理。 | |
梢 | ~♪ |
綴理 | ……? |
とんとん、と踵でリズムを取り始める。 | |
綴理 | ……あ。 |
振り返る梢を、綴理が手で制する。 | |
梢 | ん? なにか思いついた? |
綴理 | うん。 ……音楽は、そのままで。 |
梢 | ……音楽? |
れいかさん | ぜえ、ぜえ。 梢ちゃーん、綴理ちゃーん、応援にきたわ……よ? |
一枚絵で、かき氷アートを作り出す綴理と、隣でお客さんを捌いていく梢。 | |
れいかさん | やだ、凄い盛り上がり。 あれは……。 |
綴理 | これがボクたちの全力。 |
梢 | はーい、お買い上げありがとうございます。 |
れいかさん | ……。 |
れいかさん | ……は、いけないいけない。 |
れいかさん | 梢ちゃーん、綴理ちゃーん!! 追加の氷は本部にたくさん用意しておくから、思う存分やっちゃってねー!! |
れいかさん | でも……ふふ。 本当に、あのふたりに頼めて良かったわ。 |
梢 | こんなに早く材料がなくなっちゃうなんて。 それもこれも綴理のアートのおかげだわ。 |
梢 | これだけ補充すれば、お祭りの間はきっと大丈夫ね。 さ、早く戻るわよ。 |
梢、ぴたっと立ち止まり振り向く。 | |
他校のスクールアイドル | もし、そこの方。 |
他校のスクールアイドル | 乙宗梢さんとお見受けしましたが。 |
梢、ちょっと驚いた様子。 | |
梢 | ……あなたは。 |
他校のスクールアイドル | ああ、やっぱり。 良かった。 ……っとと、いけない。 梢さんは今、お仕事中でしたよね。これだけ受け取ってください。 |
言われるがまま便せんとチラシを受け取る梢。 | |
梢 | これはーー? |
他校のスクールアイドル | 忙しそうですし、お返事はまた後日おうかがいさせてください。 きょうは素敵な屋台……頑張ってくださいね。 それでは。 |
梢、困惑しながら見送る。 | |
梢 | あ、ありがとうございます……。 |
受け取ったものに目を落とす。 | |
ぴらっと便せんの裏を返す梢。 | |
梢 | 今のひとはやっぱり……。 いえ、それよりも私にお手紙って。 |
梢 | ……え? |
ある程度もう人が捌けた雰囲気。 | |
どこか物憂げに屋台の外を見つめている梢。 | |
夜空を眺めていた綴理が振り返り、綴理に声をかける。 | |
綴理 | こず。 |
梢、無反応。首を傾げた綴理がちょこちょこ近づいていって、もう一度至近距離で。 | |
綴理 | こず。 |
梢 | ……ああ、綴理。 なにかしら。 |
綴理 | ん? べつに。 なんか、食べ終わったお弁当箱みたいな雰囲気だったから。 |
梢 | ……そんなことないわ。 私にはまだまだ中身が詰まっているのよ。 |
綴理 | 食べかけ……? |
気を取り直すように伸びをする梢。 | |
梢 | 言い方。 とはいえ、気が抜けていたかしらね。 まだお手伝いの途中なのに、少しぼうっとしてしまったかも。 |
梢 | あら? |
綴理 | さっきからどうしたの。 れいかさん、そろそろ来ると思うけど。 |
頬に手を当てて困り顔の梢。 | |
梢 | いやだわ、仕入れの数が合わないの。 |
綴理 | ボクじゃないよ。 |
梢 | 誰もそんなこと言ってないでしょう? 数え直してみないと。 |
綴理、しばらく梢を見つめている。 | |
梢、綴理に見られていることに気付きながらも、視線も向けずに言う。 | |
梢 | あとのことはれいかさんとやっておくから、先に戻っていて。 |
思わず声を漏らす綴理。 | |
綴理 | えっ? |
そんな綴理の反応が予想外で、顔を上げる梢。綴理は少し考えるそぶり。 | |
梢 | うん? |
綴理 | ……ボク、数学は好きだよ? |
梢 | 数学……ああ、大丈夫よ。 計算ならスマートフォンの電卓があれば平気。 心配しないで。 |
綴理、動かない。 | |
綴理 | ……。 |
梢、ここで顔を上げる。綴理は少し考えて、首を傾げる。 | |
梢 | ……綴理? |
綴理 | 今回は違ったか……。 |
梢 | なんの話? |
綴理 | 相談、してくれたのかなって。 |
一瞬呆気にとられる梢。それから、苦笑。 | |
梢 | ……。 |
梢 | ……そうね。 さっきは助かったわ。 じゃあ……半分、任せてもいいかしら。 |
綴理 | ん。 |
綴理 | 去年は……いつも先に帰ってた。 |
梢、少し目を見開く。そして緩く口元に弧を作る。ふっと笑うイメージ。 | |
梢 | そうね。 それでも、良かったけれど。 |
綴理 | でも……きっとこっちのが良かったって、今思った。 |
梢 | ……そう。 |
めちゃくちゃ大雨。 | |
そんなばかな、という顔で屋台の軒下から空を見上げる綴理。 | |
綴理 | こずと残る選択は悪かったというのか。 |
梢、精一杯の励まし。 | |
梢 | う、嬉しかったわよ? |
綴理 | そう? じゃあいいか。 |
梢も同じく空を見上げる。 | |
梢 | 結局、計算もちゃんと合っていたし。 |
梢 | ……でもこれじゃあ寮に戻る頃にはびしょぬれね。 |
綴理 | 山登りはつらい。 |
梢 | あ、歩く気はなかったけれど。 |
れいかさん | ご、ごめんねぇ! こんなことになるとは思わなくて!! |
梢 | い、いえ。 中入ってください。 |
れいかさん | 本当にごめんなさい! ふたりのことは責任もって送るから……!! |
綴理 | れいかさんって、ちっちゃいバイクだよね? |
れいかさん | ……責任もって送るから!! |
梢 | 無理ですよ!! |
れいかさん | で、でもそれじゃあふたりに申し訳がーー。 |
綴理 | あ。 |
梢 | 綴理? |
え? という梢とれいかさんの表情で〆。 | |
綴理 | こず、うち来る? |