第6話『わがままon the ICE!!』
PART 5
梢 | 日程が重なってしまったというのは……本当なの? |
綴理 | ん。 1.8 |
梢 | そう……。 このこと、村野さんにはもうお話ししたの? |
綴理 | ううん、話してない。 話すつもりも……ないかな。 |
綴理 | ライブはずらせば良いからね。 |
梢 | 簡単に言うけど、それは今回の催しに出られないってことなのよ? |
綴理 | うん。でも…… フィギュアの方も、さやのお姉ちゃんの引退試合って聞いてるから。 大事なものだよ。 |
梢 | それは……そう、ね。 私から言えることはないかもしれない。 |
梢 | でも……あなたの気持ちはどうなるの? |
梢 | 次のライブイベント、ずっと楽しみにしていたでしょう。 最近の練習は、全部その調整だったでしょうに。 |
綴理 | ……練習、見てたんだ? |
梢 | 一応、これでも部長なんだから。 |
梢 | ……去年、楽しかったものね。 |
綴理 | そうだね。 スクールアイドルクラブに居続けようと思ったのは、 去年のあのライブがあったからだ。 |
綴理 | でも……良いんだ。 ただでさえ、さやは両方頑張ろうとしてるんだ。 |
綴理 | そんなさやに、 自分じゃどうしようもないようなところで嫌な思いさせたくない。 |
梢 | 綴理……。 |
綴理 | だめ? |
梢 | いいえ。 ……あなたが前に、私に言ってくれたことだけれど。 |
梢 | あなたも、良い先輩になったのね。 |
綴理 | どうかなぁ……。 ボクだって……寂しい気持ちがないわけじゃないからね。 |
梢 | そりゃあ人間だもの、仕方ないわ。 |
綴理 | そっか、ボク人間か。 |
さやか | 今の……なんの話ですか? |
綴理 | さや……。 |
梢 | ……。 |
綴理を見ると、綴理は静かに首を振る。梢、目を閉じる。 | |
綴理 | 聞いてた? |
さやか | 聞いてしまったことは……ごめんなさい。でも。 でも、お姉ちゃんの引退の日に……ライブがあるって……。 |
綴理 | ……。 |
さやか | それも……夕霧先輩にとって、大事なライブだって……。 本当なんですか……!? |
綴理 | うそだよ。 |
さやか | 夕霧先輩!! |
綴理 | ……ごめんね、聞かせちゃって。 |
さやか | っ~~!謝ってほしくなんかありません! むしろ、謝らなきゃいけないのはーー。 |
綴理 | さやは悪くないよ。 |
さやか | でも! |
綴理 | ライブも、フィギュアも、日程を決めたのはさやじゃない。 どうしようもないことはある。 |
綴理 | ボクはさやのお姉ちゃんの引退の日をさやから聞いてた。 ……それだけのこと。 |
さやか | でも……夕霧先輩が次のライブを大事に思っている気持ちは、 それとは関係ありませんよね……!? |
綴理 | ……べつに、大したことじゃないよ。 |
綴理 | 来年誰かと一緒にステージに立てたら…… 綴理もスクールアイドルだよ……って、先輩に言われただけ。 |
さやか | っ……ご、ごめっ……。 |
綴理 | 良いんだ。本当に大したことじゃない。 |
綴理 | 確かにその約束はあったけど…… でも、それが果たされるかどうかなんてもう関係ない。 |
綴理 | それよりずっと早く、 こうしてさやとスクールアイドルになれたんだ。 |
さやか | せんぱ……でもっ……! |
綴理 | だから、うん。 |
綴理 | やっぱり、はっきり言おうと思う。 |
さやか | え? |
綴理 | 市場に行ってから、さやは見違えたと思う。 それはきっと、自分を見つけられたからだった。 |
綴理 | 今のさやが魅力的で、 みんなが凄いって言ってくれるのは……ボク自身も凄いなと思うのは…… |
綴理 | さやが、さやらしくあるからだ。 |
綴理 | さやがまた、何かを理由に押し込められるのは、 なんていうか意味がないんだ。 |
さやか | 先輩……わたしは……! |
綴理 | むしろもっと、わがままになっていいんだ。 ボクのこととか、気にしないで。 |
綴理 | 今回のことだって…… こんなことでさやが凹む必要、ない。 |
さやか | でもっ。 |
綴理 | さやは色んなことをしてくれたよ。 |
綴理 | ボクも、こずもかほも……ライブや、配信に駆けつけてくれたみんなも、 さやが頑張り屋で素敵な子だってことはもう分かってる。 |
綴理 | 本当に……ボクは、さやと一緒にスクールアイドルができて嬉しかった。 でもそれは、ボクだけの気持ちだ。 |
さやか | やめてください。 それじゃあまるで……もう、終わりみたいな……。 |
綴理 | 終わらせるか、終わらせないかは、キミ次第だ。でも。 スクールアイドルは、誰かにやらされるものじゃない。 |
さやか | っ……! |
綴理 | ボクは、キミが本当にやりたいものをやるべきだと……思う。 そこに、ボクも、フィギュアの人たちも、関係ない。 |
綴理 | スクールアイドルを頑張らなきゃいけない理由は…… どこにもない。 |
さやか | そんな……そんなの……っ! |
梢 | それも、良い先輩……のつもり? |
綴理 | ……ライブは、こずとかほに任せるよ。 |
梢 | ……雨、降ってきたわね。 |
さやか | ……。 |
花帆 | ……え!? さやかちゃん!? |
花帆 | ちょ、ちょっとどうしたの? こんなところ居たら風邪ひいちゃうよ!? |
さやか | わたしのような愚か者は、放っておいてください。 |
花帆 | そういうわけにはいかないよ! さっきまで凄く元気だったじゃん!何があったら一瞬でこうなるの!? |
さやか | わたしが、愚かだったんです。 |
さやか | ちょっとフィギュアがうまく行き始めて…… もうなんにも心配することなんてないと思って…… |
さやか | 夕霧先輩の気持ちを踏みにじったんです。 |
花帆 | 綴理センパイ? ええと……よくわかんないけどさ。 |
花帆 | 昨日綴理センパイとお話しした時は、嬉しそうにしてたよ。 さやかちゃんが最近すっごく頑張ってるって。 |
さやか | その結果がこれです。 ライブとフィギュアの予定が重なってしまって……。 |
花帆 | ふんふん……え、それどうしようもなくない? フィギュアって、お姉ちゃんの引退って言ってたやつだよね? |
さやか | でもっ……夕霧先輩にとってはそのライブは大切なもので……! |
花帆 | ……。 |
さやか | それで……夕霧先輩に、言われたんです。 スクールアイドルは、やらされるものじゃない……って。 |
花帆 | それは……。 |
さやか | お姉ちゃんにも、自分のために無理しなくて良いって言われて! |
さやか | 夕霧先輩にもスクールアイドルを頑張らなきゃいけない理由は どこにもないって言われて! |
花帆 | ……。 |
さやか | わたしは……何を間違えたんですか……? |
花帆 | ……ごめんね、さやかちゃん。 |
花帆 | あたしはさやかちゃんのお姉ちゃんと会ったこともないし、 綴理センパイとさやかちゃんがどんな話をしたのかも分からない。 |
花帆 | だから、さやかちゃんがどうすればいいのかは、分からない。 |
さやか | そう……ですよね。 ごめんなさい、こんな話を。 |
花帆 | でも! 分かることもあるよ! |
花帆 | 綴理センパイも、さやかちゃんのお姉ちゃんも、 さやかちゃんが要らないからそう言ったってわけじゃないってこと! |
さやか | ……そんなことは。 |
花帆 | んー……じゃあ、そうだなあ。 ……あたしはじゃあ、今から、あまり良くないことを言うね。 |
さやか | えっ? |
花帆 | あたしは、さやかちゃんに…… スクールアイドルとフィギュアどっちか選ぶなら、 スクールアイドルを選んでほしいと思ってるよ! |
さやか | ……花帆、さん。 |
花帆 | さやかちゃんと一緒にスクールアイドルやるの、すっごく楽しいし、 さやかちゃんが居なくなるなんて耐えられない! |
花帆 | だから……さやかちゃんがいつ、 「スクールアイドル辞めようか迷ってるんです、花帆さん」 って言い出すかびくびくしてたよ! |
花帆 | だってそうだよ、フィギュアで行き詰ったから 綴理センパイに色々教えてもらうっていう話だったでしょ? |
花帆 | だから、 「フィギュアでうまく行き始めたからもうスクールアイドルはポイです」 って言われたらどーしよーって! |
さやか | そ、そんなこと絶対言いません!! |
花帆 | えへへっ。……だよね。 |
さやか | ……え? |
花帆 | あたしは、フィギュアが凄くなってもスクールアイドル辞めずに 頑張ってくれてるさやかちゃんが好きだから。 |
花帆 | だからそんなに落ち込まないで。 |
さやか | 花帆さん……。 |
花帆 | でもさ…… あたしみたいに本当のことを言うのは、ずるいと思うんだ。 |
花帆 | きっと、さやかちゃんのお姉ちゃんも ーー綴理センパイも、 |
花帆 | さやかちゃんにしてほしいことはあっても、 さやかちゃんに無理はしてほしくないんじゃないかなって。 |
花帆 | それだけのことなんじゃないかな。 |
さやか | ……。 |
花帆 | ごめん、適当なこと言っちゃったかも。 そうだったらいいなあ……みたいな! |
さやか | ……無理はしてほしくない、ですか。 |
花帆 | うん。 |
花帆 | あたしも、さやかちゃんに怪我してほしくなくて、 リンクまで行っちゃったしね。 |
さやか | ……じゃあ、わがままになっていい、というのは…… どういうことなんでしょうね。 |
花帆 | え、なに? |
さやか | いえ、ごめんなさい。 |
さやか | 花帆さん、ありがとうございました。 |
花帆 | ちょっとでも、元気出たら嬉しいな。 |
さやか | はい。どのみち、やらなきゃいけないことはある…… |
さやか | いえ、やりたいことは、あるんです。ひとまずはそれに、向き合います。 |
花帆 | うん。頑張って! |