~Shades of Stars~
第7話『On your mark』後編
結局、そういうことになった。
沙知も梢も、どうにかならないかとさまざまな意見を出し合ったが、慈の意見を超えるものは出てこなかった。
よって、沙知がやるのはユニット曲の3曲とDream Believers。梢の作った全員で歌う曲は、1年生の3人だけでやることが決定した。
振り付けや歌割りは多少変わるが、その程度の変更はまだまだ間に合う。
撫子祭まで残り1週間。慈、梢、綴理の3人は、なんとかステージを間に合わせるため、猛練習を重ねていた。
だが……。
- 慈
「ああもう!まただめなんだけど!」
レッスンルームに、慈の怒鳴り声が響く。
梢は肩で息をしていて、綴理だけが申し訳なさそうに顔を曇らせていた。
- 綴理
「……ごめん」
- 慈
「謝らないで!ムカつくから!」
- 綴理
「あ…………ご……。ん……」
- 梢
「ちょっと。自分がうまくできないからって、夕霧さんに当たらないで」
- 慈
「……っ。わかってるっての!」
梢にたしなめられ、慈は地団駄を踏む。
空気が重く、淀む。
放課後、練習に明け暮れる3人には、これまでで最も大きな試練が訪れていた。
難しすぎたのだ。綴理の作ってきた振り付けが。
綴理は時間がない中で、あまりにも完成度の高い見事なダンスを用意した。ひとり3役でそれぞれのパートを踊ってみせた綴理に対し、梢と慈はその出来栄えに感嘆の声を漏らした。
どうやって作ったのかと聞いたら、綴理はしばらく言葉に迷った挙句、最終的には『思いついた』とだけ言った。まさしく、天才の所業だ。
もし綴理のダンスをステージ上で踊り切ることができれば、撫子祭は伝説のライブになるだろう。その確信があった。
しかし……。慈と梢がどんなに練習しても、綴理の振り付けを完璧に再現することは、できなかったのだ。
それでも、綴理はこちらに動きを合わせようとするから、やればやるほどに綴理のダンスすらも切れ味が悪くなっていった。沙知の隣に立つ綴理は、あんなにも輝いていたのに。
自分と梢が足を引っ張っていることは、明白だった。
ただ無為に、時間だけが過ぎてゆく。
- 梢
「……もう一度よ」
梢が立ち位置に戻る。しかし慈も綴理も、動かない。
弾かれたように、梢が告げる。
- 梢
「ちょっと、どうしたの!? もう時間がないのよ! だったら、もっと練習しなきゃ!」
それでも動かない。
- 梢
「夕霧さん!」
- 綴理
「…………あ……」
うつむいたまま、綴理は足を引きずるように、少しずつ元の位置に戻ってゆく。
- 梢
「藤島さん!」
- 慈
「…………」
だが、慈は動かなかった。
梢が突っかかってくる。
- 梢
「あなた……練習しなければ、うまくならないでしょう!?ここで、諦めるの!?」
肩を掴んでくるその手を、慈はすぐに振り払った。
- 慈
「うっさいなぁ!そんなのわかってるっての!」
- 梢
「だったら!」
- 慈
「あんただってぜんぜんできてないくせに、偉そうにしないでよ!」
- 梢
「っ!?」
梢が目を見開く。
しまった、と思ったのもつかの間。
今度は梢に肩を強く押された。
- 梢
「だから練習しなくちゃいけないんでしょう!私の作った曲なのよ!?少しでもいい形で、披露したいに、決まっているわよ!」
- 慈
「……っ」
慈は無抵抗に壁に寄りかかる。そんなことは、わかっている。
顔を上げる。責任を感じてうつむく綴理と、同じようにうまくできない自分に苛立ちを覚える梢を見やり、深いため息をついた。
- 慈
「ごめん。ちょっと、頭冷やしてくる」
撫子祭まで残り1週間。3人でやろうと言ったのは自分なのに、このままでは3人でのステージは失敗してしまう。
慈は、焦っていた。
中庭のベンチに座って、慈は風に吹かれていた。
- 慈
「あー……」
火照った体に、外の風が涼し……くない。ぜんぜん暑い。
最高気温30度を超える外気に触れると、クーラーを完備しているレッスンルームの存在がありがたくて仕方ない。こればっかりは、お嬢様学校に感謝だ。
それでも。ひとりになると、徐々に頭が冷えてきた。
梢も綴理も、悪くない。当たり前だ。こんなに難しい曲と振り付けを考えやがって……という恨みはあれど、それを3人でやってやろうと言ったのは、自分だ。
目をつむれば、ぶちかましたときの拍手喝采が、手に取るように想像できる。
それだけに、歯がゆかった。
4月のライブが成功して、ようやくスクールアイドルクラブが楽しくなってきた。配信を始めて、たくさんの人が自分を知ってくれた。撫子祭は、自分を応援してくれる人たちを、もっともっと夢中にさせるためのステージになるはずだ。
沙知だって、自分たちを信じて任せてくれた。
なのに、こんなのでつまずくなんて、なおさらごめんだ。
- 慈
「ああもう……!」
理想の自分と現実のギャップが、苦しい。どんなに喋りが上手でも、喋りが上手なだけのスクールアイドルと呼ばれるのはぜったいに嫌だ。自分はパフォーマンスでも世界を夢中にしてやるのだ。
やっぱり、休んでいる場合じゃない。気持ちがはやる。今はひとつでも練習して、一歩でも強くステップを踏まなければならない。
慈が立ち上がろうとすると、影が落ちた。
- 慈
「……ん?」
- 綴理
「はい」
夕霧綴理が、息を切らしてそこに、立っていた。
- 綴理
「どうぞ」
- 慈
「え?」
缶を手渡される。受け取ってから、思わず叫んだ。
- 慈
「うわ熱っ!?」
- 綴理
「心が渇いたときには、とにかく、あまいもの」
手のひらで何度か持て余して、慈は缶をベンチに置いた。
綴理もまた、同じようなココアを持って、心配そうにこちらを見つめている。
- 慈
「なんでこの時期に……!?」
- 綴理
「……?」
- 慈
「あったかいココアとかどこに売ってたの!?」
- 綴理
「購買部に」
- 慈
「わざわざ!? ああもう!」
綴理が不安げに瞳を揺らす。
- 綴理
「……ちがった?」
- 慈
「いや、えっと、ん~~~……!まあいいよ!座んなさい!」
ベンチを横にどいてひとり分の席を空けると、綴理は申し訳なさそうにうつむいた。
- 綴理
「……また、間違えた……ごめん。……あ」
うっかりと謝ってしまったことに、綴理は大いに動揺した。
- 綴理
「ご……あ、う……。ごめ……うう……」
- 慈
「いやいいから!別にいつも通りにしてて!」
- 綴理
「…………ごめんなさい」
深々と頭を下げてきた。まったくもう……なにを考えているんだ、この女は……。
いや、わかっている。なにを考えているのかは。
慈が心配で、追いかけてきてくれたのだ。
ふたり分の温かいココアを買ってきたのだって、慈が以前、近江町市場で綴理を元気づけようとしてやったことだ。
そこには一切の他意がない。他人とズレている自分のすることが不安で、自信がないから、人にしてもらったことだけが正解だと思い、彼女はそれを繰り返しているのだ。
- 慈
「……座んなさいよ」
- 綴理
「うん」
今度こそ座り、綴理は隣でココアを開ける。それから口をつけて。
- 綴理
「……暑いね」
- 慈
「そうでしょうよ……」
いったい自分たちはなにをやっているんだ、という気分になる。
- 綴理
「めぐ」
- 慈
「……ん」
- 綴理
「めぐは今、楽しい?」
- 慈
「…………」
なんて答えればいいかわからず無言を貫く。すると綴理がまた頭を下げた。
- 綴理
「ごめん」
- 慈
「だから、なんで謝るの」
- 綴理
「やっぱり、振り付け、変えよう」
- 慈
「……嫌だよ。なんでそんなこと言うの」
ムキになって答える。
綴理が、口をわななかせた。
- 綴理
「だって、ボクが」
視線を向けると、綴理は苦しそうにつぶやいた。
- 綴理
「ボクが振り付けを作ってきたから、めぐとこずが、楽しそうじゃなくなった。ボクは……また、なにかをしてしまったんだ」
- 慈
「いやそれは──」
思わず身を起こす。
まるで罰を待つように目を伏せた綴理。そんな彼女に『自分のせいだから!』とわめき散らしたくなるもうひとりの自分を、必死に抑え込む。
プルタブを開けて、ココアに口をつける。
- 慈
「んっ……!」
一気に半分ぐらいを飲み干して、慈は、はぁ、と息をついた。
- 慈
「あま……」
- 綴理
「だから、ごめん」
- 慈
「あのさ」
慈は綴理の目を見て、問い詰める。
- 慈
「あんた、嫌がらせのために、あんな難しい振り付けを作ったの?」
- 綴理
「え……?」
綴理はまるで急に空が落ちてきたような顔をした。
- 綴理
「違う、ボクは……!」
その顔が、悲痛の色に染まる。
全身全霊で誤解を解こうと、彼女は必死に口を開く。
- 綴理
「こずの曲を聞いて……!考えたんだ……!みんなで、みんなで最高のステージを作るために、どうすればいいか……!ふたりに頼ってもらえたのが、嬉しかったから……!ずっと考えて……それで……!」
うろたえる綴理を、慈が一喝した。
- 慈
「だったら、謝んな!」
- 綴理
「っ……!?」
正面から言葉を叩きつけられた綴理が、凍りつく。
慈は一言一句、一切の解釈の余地を許さぬよう言葉を尽くして、言い放つ。
- 慈
「あんたは、できる限りのことをしたんでしょ!?みんなで撫子祭のステージを成功させるために!だったら、謝んなくていいんだよ!あんたの作ってきた振り付けは、完璧だ!私も乙宗も、それがいいと思ったから、気に入ったから、踊りたいと思ったから、撫子祭で見せつけてやりたいと思ったから、こんな必死になって練習してるんでしょ!それをあんたが自分からやめようとか言い出すのは、許さないから!私は、梢の作った曲と、綴理の作った振り付けで、撫子祭を大成功させるんだって、決めたんだから!」
息を切らす。
しばらく。
綴理は慈を見つめたまま、動かなかった。
- 綴理
「あ……」
やがて、その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれだす。
- 慈
「ちょっと!?」
しまった、言いすぎたか、と慈の肝が冷える。
だが、綴理は小さく首を振った。
- 綴理
「温かい……」
- 慈
「え?」
- 綴理
「ボクは……。ダメじゃなかった……?」
すがるようにこちらを見上げてくる綴理に、ぐっと息を呑み込んで。
- 慈
「そうだよ」
慈は言い切る。
- 慈
「あんたの作ってきた振り付けは、すごくよかった。なにもだめじゃない。だから、悔しいんだよ。うまく踊れない自分が。私は、自分に腹を立ててるの」
思わず毒づく。
- 慈
「ああもう、こんなの……かっこ悪いから、言いたくなかったのに……」
ココアの残りを飲み干す。
胸の中に、甘さが流れ落ちてゆく。
- 綴理
「……ボクも、ふたりにもっと、楽しいって思ってほしい」
泣きながら、綴理がすがりつくように、尋ねてくる。
- 綴理
「ボクは、どうすればいい?」
空になった缶を握り、慈はしばらく悩んだ。悩んで、悩んで、そして。
もう、今さらだ。
- 慈
「私たちの今の願いは、撫子祭の成功」
だったら。
敵の形は、定まった。
そのために、やるべきことをやるのだ。
- 慈
「協力してくれるよね、綴理」
まだ頬に涙を流したまま、綴理は力いっぱいうなずいた。
- 綴理
「うん!」
レッスンルームに戻ると、梢は鏡に向かってただひとり、練習を続けていた。
慈と綴理が帰ってきたことにも気づかず、一心不乱に。
その後ろ姿を眺めて、慈は心の中で盛大なため息をつく。
当たり前のことだ。
ここに、敵はいない。
梢も綴理も、共に撫子祭を成功させようと決めた、仲間なのだ。
敵は己の中にいる。このちっぽけなプライドが、なによりも邪魔だった。
手を打つ。
その音に気づいた梢が、振り返ってくる。硬質的な視線が、慈を貫く。
- 梢
「……なに?」
腰を90度に折って、慈は頭を下げた。
- 慈
「ごめん!」
- 梢
「え?」
これまた一切の誤解を許さないように、己の気持ちをすべて伝え切る。
- 慈
「私、自分がうまく踊れないからって、ふたりに八つ当たりしてた! ごめん乙宗! 迷惑かけてごめん!途中で出てってごめん!」
なにが起きたかわからないとばかりに、梢が困惑する。
- 梢
「ええと……」
- 慈
「感じ悪くて、ごめんね!」
- 梢
「それは…………」
しばらく言葉を探し、目を泳がせていた梢だが。
やがて観念したかのように、自分の腕を抱いて、ぽつぽつと口を開く。
- 梢
「私だって、あなたに偉そうなことを言えるような立場じゃ、ないもの……」
慈の態度に当てられて、梢もまた、謝罪を絞り出す。
- 梢
「……ごめんなさい。焦っていたのは、私も一緒だわ。私がこの中で、いちばん劣っているから……それで、その……恥ずかしいことよね……。藤島さんに、先に謝ってもらわなければ、自分から謝ることもできなかったなんて……」
梢はうつむいた。
- 梢
「勝手に拗ねて、意地を張って……。私が初めて作った曲だから、どうしても成功させたくて、それで……。私がいちばん、子どもだったわ……。本当に、ごめんなさい」
- 綴理
「こず……」
しんみりとした空気が流れる。
とりあえず、いったん慈は仕切り直すかのようにもう一度手を打った。
- 慈
「ま、ま、反省会は後で各々やってもらうとして」
- 梢
「……なんなの」
- 慈
「綴理ちゃん、乙宗。聞いて」
ふたりを交互に見やって、慈はレッスンルームの中央に立つ。
- 慈
「私、ぜったいに撫子祭を成功させたい。沙知先輩に啖呵を切っちゃったし、配信で私を知ってくれた人にも毎日宣伝してるし。友達はみんな見に来てくれるって言ってるし、かっこ悪い姿、見せたくない」
- 梢
「……そうね」
取り繕うことなくうなずく梢。
- 綴理
「うん、めぐ」
綴理の視線からは、妙な信頼を感じる。それをくすぐったく思いながら、慈は続ける。
- 慈
「だから、あんたたちには、かっこ悪いこと言う」
慈は息を吸って、覚悟とともに、告げた。
- 慈
「振り付けを、変えよう」
綴理が衝撃を受けた。
- 綴理
「え……!?」
- 慈
「いや、あんたの作ったのがだめってわけじゃなくて」
綴理の目に涙がたまってゆく。
- 綴理
「やっぱり、ボク……!」
- 慈
「この先を聞け!」
叱りつけてから、そのまま訴える。
- 慈
「これは、綴理ちゃんの作った振り付けだよ。でも、思ったんだ。これをそのまま再現しても、私と乙宗は、綴理ちゃんの劣化コピーにしかなれない。だったらさ、私や乙宗が得意な動き、振り付けを入れて、私たち3人の曲にしようよ」
梢が唖然とした。
- 梢
「それって……今からまた、振り付けを変えるっていうの……!?」
- 慈
「振り付けだけじゃないよ。なんだったら、言ってなかったけど、曲調だって、歌詞だって、私たちにもっともっと寄せることはできると思う」
- 梢
「撫子祭は、もう目前なのに……無茶苦茶だわ……」
怯えたように瞳を揺らす梢に、慈が告げる。
- 慈
「乙宗は、前に出なさすぎ」
- 梢
「……え?」
- 慈
「あんた、自分が劣ってるって言ってたよね。だから、自覚してるのか無自覚か知らないけど、綴理にばっかり見せ場を譲ってる。そんなんじゃ、いつまで経っても完成しないよ」
- 梢
「それは……」
梢は息を呑んで、しかしすぐに言い返してきた。
- 梢
「だったら、あなたは前に出すぎだわ。自分の出番じゃないところでも、目立とうとして……。そのせいで、フォーメーションが崩れていたわよ」
- 慈
「まじ?」
- 梢
「無自覚なの!?」
- 慈
「まあ、そういうことだから」
慈は人差し指を立てた。綴理に向かって、言う。
- 慈
「綴理ちゃんの作った振り付けは、完璧だよ。もし綴理ちゃんが3人ここにいて踊ってるんだったら、ラブライブ!だって優勝できるだろうね」
- 綴理
「あ……」
なにかに気づいたように、綴理が声を漏らす。
梢が小声で「そんなに甘いものじゃ……」とつぶやいた。それは無視して、続ける。
- 慈
「でも、私と乙宗の完璧は、きっと他にある。私は出しゃばりで、乙宗はいざってときに意気地なし。3人みんな、ぜんぜん違う。でも、綴理ちゃんはみんなの目を惹きつける華があるし、乙宗だってしなやかで伸びやかなダンスは、誰にも負けてない。だったら、その個性を活かした振り付けを新しく考えよう」
胸に手を当てて、さらに訴える。
- 慈
「ちゃんと私たちで話し合って、この振り付けをベースに、私たちらしい歌を作ろうよ。間に合わないんだったら、きょうから誰かの部屋に泊まり込みで合宿でもなんでもして!」
ようやく話を飲み込めて、顔を持ち上げた綴理と、そして不安げに体を抱く梢に。慈は改めて言い切る。ここにいるのは敵じゃない。自分だって、ふたりの味方なんだ。
- 慈
「私たちはぜったいに、ひとつになんてなれない。それでも、見る人を夢中にするようなステージを作れるはずだよ。私たちなら、きっと!」
梢と綴理が、顔を見合わせた。
徐々にその言葉が、ふたりの心臓に、沁み込んでゆく。
- 梢
「……私たちなら」
- 綴理
「きっと」
今も慈の胸の中にある。沙知と組んだ梢のステージ、そして綴理のステージは、すさまじかった。あの完成度を3人でも発揮して……そして、それを上回ることができるのなら、怖いものなんて、他にはなにもない。
できるはずなのだ。3人でも。
やがて、綴理が手のひらを前に差し出してきた。
- 綴理
「ボクは……」
その顔は、晴れやかだった。
まるで長い間、降り続いていた雨が、ほんの少しだけでも、止んだかのように。
- 綴理
「そういうのに、なりたい」
煙雨の向こう側、進むべき道が、ようやく見えたかのように。
- 綴理
「一緒なら……ボクは、ボクじゃなくなれる。スクールアイドルのふたりと一緒なら、ボクだって、スクールアイドルに……少し、なれる」
- 慈
「あんただって、私たちから見たら、ずっとずっとスクールアイドルだっての」
慈が綴理の手を掴む。ぎゅっと握る。
- 慈
「一緒に、世界中を夢中にしよ」
そして。
ふたりの視線が梢を向くと、彼女はおっかなびっくりと、まるで怖がるように自らの手を、握る。
梢は、しばらく、そうしていた。
- 梢
「私は……。夕霧さんのことも、藤島さんのことも……すごいと思うわ」
- 綴理
「……ん」
- 梢
「夕霧さんは、どんな難しい振り付けだってすぐに覚えて、自分のものにしてしまう。藤島さんは、配信もとても上手で、それに、私にはない発想をいくつももっている……」
熱い息を、つく。
- 梢
「あなたたちは、とてもすごいスクールアイドルよ……。私なんて、今から振り付けを変えて、うまくいくのかどうか不安で……少しも、前に踏み出せないわ……」
- 慈
「……乙宗」
今のままでもうまくいかないことは、本人だってわかっているはずなのに。
- 梢
「必死になって、ようやく自分の力で、曲が作れたの……。時間はかかってしまったけれど、これなら、って……。そうすれば、少しでもあなたたちに、近づけると思ったのに……」
自縄自縛。彼女は前にも、後ろにも進めず、立ちすくんでいる。
- 慈
「じゃあ、どうすんの」
慈はあえてぶっきらぼうに、梢を問い詰める。
- 慈
「このままなにも変えず、成功率の低いステージを選んで、そして無様に失敗するのがあんたの望みなの?」
- 梢
「……私は……」
- 慈
「なに?」
魂を削ぎ落とすかのように、梢がつぶやいた。
- 梢
「私は、あなたたちとは、違うから……!」
- 慈
「……なによそれ」
- 梢
「私は!」
こぼれ落ちた言葉は、まるで涙声のようだった。
- 梢
「夢を、叶えたい。でも毎朝、目覚めると、いつも、叶わない夢ばかり、見るの」
ふたりの視線を浴びながら、まるでたった独りきりのように。
- 梢
「ラブライブ!優勝。そんな大それた夢、私には無理だわ。そう、神様に、言われているような気に、なってしまうの」
切なく首を横に振る。
- 梢
「信じたくても信じられないの、自分のことを……! いつだって、強がってばかり……。私の作った曲を、3人で歌う曲を、どうにかして成功させたいのに……。だけど本当は、なにをしてもうまくいかないんじゃないかって、ずっと、そう思っているの……!」
張り裂けそうな胸を押さえた梢を見て、慈の顔が歪む。
ここで梢の心が折れたら、撫子祭の成功はありえない。だが、それ以上に。
自分にスクールアイドルを始めさせた女が、あの強い輝きをステージ上で魅せた彼女が、これほどまでに自分を卑下することが、慈には許せなかった。
- 慈
「あんた……」
だが、なにかを言い出す前に、綴理が前に歩み出て。
ぎゅっと、梢の体を抱きしめた。
- 綴理
「こず……。ボクも、一緒に考えるから。ボクじゃ、役に立たないかもだけど……」
- 梢
「……夕霧、さん」
- 綴理
「でもね、いいんだよ、スクールアイドルは……。完璧じゃなくても、うまくいかなくても……。うまく言えないけど……。それでもステージに立つその姿が、ボクは、スクールアイドルのきらめきだって、思うんだよ」
綴理が優しく彼女の名を呼ぶ。
- 綴理
「こず」
はっとした。慈は、梢の手を力強く掴む。
- 慈
「梢」
- 梢
「……え?」
顔をあげる梢に、繰り返し。
- 慈
「梢。私たちの名前を、呼んで」
わけもわからず、瞳を濡らした梢が、つぶやく。
- 梢
「藤島さん……。夕霧さん……?」
- 慈
「そうじゃなくて」
強く見つめ返すと、彼女は肺から空気が押し出されるように。
- 梢
「慈……。綴理……?」
- 慈
「うん」
慈は綴理と梢と、それぞれ手を繋ぐ。綴理がこわごわともう片方の手を梢に差し出す。梢は、ためらいながら、その手を結んだ。
ふたりの手を強く握りながら、慈が語る。
- 慈
「同じだよ、私たちだって。このライブが成功するかどうかなんて、わからない。夢が叶うかどうかだって、そうだよ。でもさ、だからってなんにもやらなきゃ、前に走っていかなきゃ、一生ゴールになんてたどり着けないんだから!走ることしか、できないでしょ!」
床を足で叩く。履きなれたスニーカーがタンと鳴る。
- 慈
「つらくなったら!自信がなくなったら!弱音だって、泣き言だって、いくらでも言えばいいよ!梢!綴理!私たちは、仲間なんだから!」
綴理がきゅっと手を握り返してくる。
- 慈
「私は、応援してくれる人に、最高のステージを見せてあげたい!世界中を夢中にするって決めたんだから!そのためには今、あんたたちの力が、必要なんだよ!自分のことが信じられないんだったら──!」
慈の叫びがレッスンルームに響く。
- 慈
「あんたたちをすごいやつだって信じてる仲間のために! 踊ってよ!」
結ばれた手と手。
不格好な三角形を作りながら、梢の流した大粒の涙が、こぼれ落ちる。
夢を追う、まだ高校1年生の少女は、感謝の言葉を漏らした。
- 梢
「綴理、慈……。ありがとう」
ぐすと洟をすする梢を見て、綴理もまた、もらい涙を浮かべる。
- 綴理
「うん、こず……」
- 梢
「あなたたちが、いてくれて、よかった……」
慈が笑う。その目の端に浮かんだ涙が、まるで星のように輝いた。
- 慈
「その言葉は、あんたの夢が叶うその日まで、取っておきなよ。まだなにも、始まっちゃいないんだから」
ふふ、と綴理が微笑む。
手を離すと、梢が人差し指で涙を拭う。
- 梢
「撫子祭まで、あと1週間。がんばらなくっちゃね。私を信じてくれている、仲間のために」
- 慈
「そういうこと」
自分を棚に上げて、慈はその泣き顔を、指差してやる。
- 慈
「たまには素直になんなよ、梢。泣いてもいいんだよ。そっちの方が、応援してくれる人も増えるってば」
- 梢
「これは……」
途端に顔を赤らめて、梢は。
まだ涙の跡を刻んだまま、屈託なく、笑った。
- 梢
「……目に汗が、入っただけよ」
練習を重ね、振り付けの改良を重ね。
その途中でひとつだけ問題が発生した。
慈の担当だった衣装の製作が、間に合わなくなったのだ。
仕方ない。振り付け、曲、歌詞。残る1週間で、すべてにメスを入れようと決めたのだから。
だが、そこでもまた、慈がアイディアを閃いた。
- 慈
『てか!この撫子祭って、私たち蓮ノ空女学院のことを、もっともっとたくさんの人に知ってもらうために配信するんでしょ?だったらさ──』
月間MVP獲得者の提案に、梢も綴理も賛成した。
やがてステージが完成して。
そして、日々が過ぎ。
いよいよ、撫子祭ステージの日が、やってくるのだ。
今度の出演順もまた、ジャンケンで決まった。
スリーズブーケ、DOLLCHESTRA、そしてみらくらぱーく!
3組のユニットの出場と、4人全員での歌唱が終わり、音楽堂の舞台袖で、3人が着替えを急ぐ。
4月のデビューライブでも身にまとっていた白と桜色の衣装、『Dream Believers』を脱いで、新たにまとうのは──。
- 沙知
『やあやあ!それじゃあきょうはね、最後にとびっきり自慢の、あたしの後輩を紹介しようじゃないか!』
後に蓮ノ大三角と呼ばれることになる、蓮ノ空女学院102期生、スクールアイドルの3人が向かい合う。
- 慈
「さて、沙知先輩ががんばって繋いでくれてるし、そろそろ行きますか」
赤茶色の生地、薄緑のスカーフ。それはかつて、慈の敗北の証であり。
そして今、夢を追う少女たちのための、戦闘服。最も歴史の古い伝統の衣装、蓮ノ空女学院の制服だ。
- 梢
「ええ、ぜったいに失敗はできないわよ」
- 慈
「またそういう不穏なことを言う……」
- 綴理
「大丈夫だよ」
綴理は柔らかく微笑んでいた。
- 綴理
「失敗しないよ。こずも、めぐも。そしてボクも……今は、無敵だ」
慈が笑い、梢が口を尖らせる。
- 梢
「どうしてあなたはそんな自信があるの……」
- 綴理
「見てきたからね。ふたりのことを」
- 慈
「綴理は?」
- 綴理
「ボクはまだ『スク』だけど」
- 梢
「どうしてあなたはそんなに自信がないの……!」
- 慈
「あはは、でも文字増えてるじゃん!」
声を上げて笑った慈が、手を差し出す。
- 慈
「んじゃ、やっとく?」
- 綴理
「うん」
綴理が嬉しそうに手を重ねて、そして。
まだおっかなびっくりと……それでも、梢が最後に手を重ねた。
- 梢
「……ええ」
3つの手が重なる。
- 慈
「蓮ノ空女学院、スクールアイドルクラブ!行くぞー!」
- kozue_tsuzuri_megumi
『おー!』
舞台袖からステージに向かっていく中、慈がふと気づく。
そういえば、初めて声が合ったな、と。
制服姿で、力強く駆け出してきた3人を見て。
沙知がマイクに向かって、嬉しそうに声を張る。
- 沙知
『それじゃあ、聞いてくれ!102期生が力を合わせて作った、蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの新曲!これがあたしたちの、新たなる始まりの曲だ!』
音楽と歓声が弾けた。
- 沙知
『”On your mark”!』