~Shades of Stars~
第5話『Love with the world』
- 綴理
「めぐ」
教室の机に突っ伏して眠っていた藤島 慈に、鈴のような声が降る。
- 慈
「ん……」
むっくりと身を起こす。そこには、寝覚めには多少刺激の強い容姿をした少女が立っていた。
- 慈
「ああ、綴理ちゃん……。ん?もう放課後?」
- 綴理
「うん。練習の時間だよ、めぐ」
5月の半ば。スクールアイドル藤島 慈がデビューして、2週間が経った。
身の回りで変わったことと言えば、慈が正式にスクールアイドルクラブに入部し、これまで以上、練習にキチンと参加するようになったこと。
そしていちばんは、夕霧綴理との距離感が縮まったことだ。
- 綴理
『スクールアイドルふじしまめぐみさん』
デビューライブの後、綴理は慈をそう呼ぶようになった。なにやら感動したらしい。相変わらず綴理の琴線はよくわからない。それよりも。
- 綴理
『スクールアイドルふじしまめぐみさん、きょうの練習は、校庭に集合だって。スクールアイドルふじしまめぐみさん』
- 慈
『長いんだけど!?』
そうツッコミを入れると、綴理は困った顔をしていた。なぜなら、スクールアイドルふじしまめぐみさんは、スクールアイドルふじしまめぐみさんだから、とのこと。
- 慈
『わかった、じゃあ略そう。なにがいい?』
- 綴理
『えっと……。まってね、明日まで、考えてくるから』
- 慈
『う、うん』
結局、丸1日考えた綴理の結論は。
- 慈
『めぐ』
だった。
そういえば彼女はかなり早い段階から、沙知先輩のことも『さち』と呼んでいた。沙知と呼ぶようにと言われていたので、その通り従ったのだろう。
まあいいか、と思う。呼びやすいなら、それで。
廊下に出ると、ちょうど乙宗 梢も練習に向かうところだった。
- 綴理
「あ、こず」
- 梢
「……夕霧さん」
気楽に手を挙げる綴理に、梢がなぜか顔をしかめる。
- 梢
「なんだか、まだまだ慣れないわね……」
- 綴理
「じゃあやっぱり……スクールアイドルおとむねこずえさん……?」
- 梢
「そうね、長くてちょっとコミュニケーションに不便するかしらね……」
慈が綴理の肩に腕を回す。
- 慈
「いいんだよ、乙宗は素直じゃないんだから。『こず』ってあだ名も、実は内心嬉しがってるんだから」
- 梢
「勝手なことを言わないでちょうだい、藤島さん」
慈から梢への態度も、微妙に変化した。これまでは『乙宗ちゃん』と呼んでいたのだが、『乙宗』になった。理由は、彼女にかわいげがないからだ。
3人並んで廊下を歩くと、あちこちから「お、スクールアイドル」と声を掛けられる。先日のデビューライブを見てくれた人は、思った以上に多いようだ。
なぜか綴理が嬉しそうに、梢と慈を交互に見やる。
- 綴理
「ふたりは、スクールアイドルだよ」
- 慈
「いや、あんたは違うんかい」
- 綴理
「ボクは、まだ見習いだから。でもね、嬉しいんだ。ふたりと一緒に活動できて。これからもがんばろうね、こず、めぐ」
綴理の無邪気な視線に、梢は目をそらし、慈は胸を張る。
- 梢
「私は、別に……」
- 慈
「おうおう、がんばっちゃうんだよ。いつか世界中を夢中にする、その日までね」
最近は、練習のモチベも高い。ようやく自分の中の歯車が、噛み合ってきた感覚があった。
ピースサインをする慈に、梢がぼそっとつぶやいた。
- 梢
「そういえばあなた、練習終わったら話があるって沙知先輩が言っていたわよ。どうせお説教だわ。今度はなにをしでかしたの?」
- 慈
「私のやる気に水を差すなぁ!」
思わずうめく。頭を抱える慈を、わけもわからず綴理が「よしよし、めぐ」と慰めてくれた。
結果から先に言うと、お説教ではなかった。
- 慈
「スクールアイドルコネクト、ですか?」
- 沙知
「そう。略して『スクコネ』だ。きみにぴったりだと思ってね」
練習後、ひとり部室に残された慈は席に座って、大賀美沙知の差し出してきたスマホを覗き込む。
- 慈
「ふぅん、配信できるアプリなんですね」
今の時代、動画配信は珍しいものではない。タレントでも、プライベートで配信している人は、たくさんいる。
- 沙知
「配信経験は?」
- 慈
「ないですねー。私はテレビのお仕事だけで、じゅうぶん忙しかったので」
- 沙知
「さっすが元売れっ子」
- 慈
「『元』は余計ですぅー」
口を尖らせて、沙知のスマホを突き返す。
- 沙知
「蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブのアカウントはあるんだけど、最近なかなか活動できてなくてねぃ。よかったら、きみに使ってもらいたいんだ」
- 慈
「はあ。でもなんで、私だけ?」
- 沙知
「お手本を見せてあげてほしいんだよ。夕霧ちゃんと、乙宗ちゃんに、配信は楽しいものなんだよ、って。きみならひとり喋りも難なくできるだろう?」
- 慈
「そりゃーできるとは思いますけど」
- 沙知
「あんまり乗り気じゃないみたいだねぃ。実はこういうのは、苦手だったりするかぃ?」
そういうわけではない。ただ、なんというか。
- 慈
「なんか、ショボくないですかぁ?」
- 沙知
「ショボ……?」
- 慈
「はい。だって私って、タレントですよ?衣装さん、メイクさん、マネージャー、ディレクター、アシスタントの方々、それにカメラマンさんー」
指折り数え、それから沙知を見上げて、かわいらしくウィンクした。
- 慈
「私の魅力を余すところなく伝えるために、これだけ多くの人ががんばってくれてたんですよ?それなのに、スマホのカメラじゃ、その人たちに失礼、ってゆーかー☆」
沙知が口元に薄ら笑いを浮かべる。
- 沙知
「でもきみは3年間、この蓮ノ空に閉じ込められて、タレント業に復帰できないんだろう?」
- 慈
「それはっ、そーですけど……」
- 沙知
「もし復帰したときに、きみのトークセンスが錆びついていたりしたら……そのがんばってくれていた人たちは、さぞかしがっかりだろうねぃ」
- 慈
「脅しですか!?カワイイ後輩にそーゆーことします!?」
- 沙知
「勘違いしないでくれ。あたしはただ客観的な意見を言ったにすぎないぜ。きみを応援してくれた人も、きみが元気にしてる姿を見れば、きっと安心するだろうになぁ」
- 慈
「ぐぬぬ……」
後輩3人のために自分がひとり3役に名乗り出るぐらいやる気ガチ勢な先輩かと思えば、急にこんなひょうひょうな態度で慈を転がそうとしてくる。やっぱり、理事長の孫娘だ。生まれながらの政治家タイプというか。
慈は椅子に寄りかかり、足を組んで沙知を見返す。
- 慈
「メリットは、だいたいわかりました」
- 沙知
「そうかそうか。わかってくれてなによりだねぃ」
ニヤニヤ笑う沙知に、指を突き付ける。
- 慈
「だから、もうちょっと私を褒めて、おだててください」
- 沙知
「……なんだって?」
- 慈
「やる気になんないって言ってるんですよー。メリットだけじゃ」
少しでもやり返そうとした慈に、沙知は仕方ないなと苦笑いを浮かべる。
- 沙知
「いいとも。藤島ちゃんは、場の会話を回すのがうまい。それは乙宗ちゃんや夕霧ちゃんと一緒にいるときも、そうだ。ふたりの話題をコントロールしてるのは、いつも藤島ちゃんだ。日常生活にもキラリと光るトークスキルは、いつも感心してるよ」
腕組みをして、慈はじっと沙知を見つめる。
- 沙知
「だからきっと、コメントを拾ったり、視聴者とのコミュニケーションも、最初は苦労するかもしれないけど、慣れてきたら抜群に上手になるだろう。スクールアイドルクラブの知名度を広げるためにも、きみの力が必要なんだ。さらに!」
沙知はここぞとばかりに畳みかけてきた。
- 沙知
「藤島ちゃんは、なによりもかわいい」
ぴくっと慈の頬が動いた。
- 沙知
「普段から意識を配ってるのが、よくわかるよ。そのかわいさはきっとスマホ越しにも、大勢に届くだろう。もったいないと思うんだ。こんなにかわいい藤島ちゃんが、蓮ノ空に幽閉されているのがね。どうかかわいい藤島ちゃんを、思う存分、見せてやってほしい」
慈は肩をすくめた。
- 慈
「ま、それほどでも……あるかもしれませんけど☆」
- 沙知
「それじゃあ!?」
身を乗り出してくる沙知の視線をかわし、慈は立ち上がった。
- 慈
「気が向いたらやりまーす☆」
そう言ってさっさと歩いていこうとする慈の背に、沙知の遠吠えが聞こえてきた。
- 沙知
「こらー! 話が違うぞ! あたしの褒め言葉を返せー!」
小さく舌を出す。誰もやるとは言っていないので。
ベッドに仰向けに転がって、スマホを持ち上げる。
- 慈
「スクコネ、ねえ……」
あれから多少、情報収集をしてみたが、どうやら全国のスクールアイドルのそのかなりの数が、スクコネで配信を行っているようだ。
以前、梢が見せてきた練習配信もまた、スクコネで配信されたものだったらしい。
スクールアイドルが大勢の応援してくれる人を取り込むために、今や必要不可欠のアプリと言っても、過言ではなさそうだ。
だからといって……。
- 慈
「私がやるっていうのも、ねえ……」
自分は世界中を夢中にするために、そのステージに魅了されてスクールアイドルを始めたのだ。配信はなんというか、今までの焼き直しというか、言葉を選ばなければタレントでやってたことをただスケールダウンさせただけ、というか……。
- 慈
(そりゃ、やればできるだろうけどさ。ぜんぜん惹かれないんだよねえ……)
とはいえ、102期の同級生があてにならないのも確か。
梢はろくに喋れないだろうし、綴理は意味不明な行動をして視聴者を困惑の渦に叩き落としそうだ。
- 慈
「てかそしたら、沙知先輩がやればいいんじゃない?」
そう言ってはみたものの、沙知は自分たちの3倍の曲を習得しなければならない身だ。
他にも、スクールアイドルクラブの部長として、常にたくさんの事務作業に追われている。無理ではないだろうが、『配信も先輩がやればいいじゃんー☆』とは、さすがに人の心があれば言いづらい。
ぽちぽちとスクコネを操作し、適当なスクールアイドルの配信を覗く。
- haishinidol
『えっと、きょうは、その、皆さんからの質問に答える回をー、しようと思いましゅっ』
これはひどい。
- 慈
(……噛み噛みだし、そもそも話が行き当たりばったりだし、視聴者のコメントとか、ぜんぜん拾ってないし……)
これはこれで、もともとスクールアイドルを好きでいてくれる人には刺さる配信なのだろうが、しかしあまりにもなにもかもが足りていない。
- 慈
(私だったら、もっとうまく……)
自然といくつかの企画を思い浮かべて、しかし慈は首を横に振る。
- 慈
「いやいや、やんないってば」
スマホを放り投げる。スクールアイドルをやるとは決めたが、自分にはタレントとしてのプライドがある。それを安売りするなんて、慈にはガマンならないことだ。
いくら沙知の頼みで、どんなメリットがあるとしても、そこは重要な一線だと、慈は思うのであった。
スクールアイドルクラブでは、次の目標が掲げられることになった。
- 沙知
「よし、というわけで本日の議題は、これだ!」
本日は練習の前に、部の会議が開かれた。
いつものようにホワイトボードの前に立つ沙知は、マーカーペンをきゅっきゅと走らせる。そこには、こう書かれていた。慈が読み上げる。
- 慈
「ぶし……さい」
- 梢
「は?」
梢が常識を疑うような目を向けてくる。慈はかわいこぶって綴理に話を振った。
- 慈
「綴理ちゃん。私の代わりに読み上げていいよ☆」
- 綴理
「なでしこさい」
読めるんかい。綴理を抱き込もうとした慈の作戦は失敗した。
- 沙知
「そう。では撫子祭とはいったいなにか。乙宗ちゃん、よろしく」
急に振られた梢は、まるでプリントの内容を暗唱するように答えた。
- 梢
「6月に開かれる撫子祭は、蓮ノ空3大文化祭のひとつです。主に1年生の新入部員を中心として、各文化部が制作発表会を開く催しです。蓮ノ空の文化祭はどれも有志による自由参加ですが、特に撫子祭は毎年、世間からの注目が集まっています。」
慈はいぶかしげに問う。
- 慈
「乙宗、それ暗記してるの?」
- 梢
「……なにか?」
- 慈
「いや、勉強のできるやつは、頭の使い方も違うんだな、って」
- 梢
「スクールアイドルクラブにとっても、一大イベントだもの」
- 綴理
「ということは……」
綴理が目を輝かせる。わかりやすい子だ。
- 沙知
「うむ! スクールアイドルクラブも、大きなライブを開く!」
- 綴理
「おおー……」
- 沙知
「今度のは、前回とは規模がぜんぜん違うぜ。なんといっても校外から大勢の関係者が集まってくるし、配信だってするつもりさ!」
梢が身を固くする。
- 梢
「配信……。そうですよね、ラブライブ!のためには、必須ですよね」
- 慈
「そうなの?」
慈が気軽に尋ねると、梢は重々しくうなずく。
- 梢
「ええ。ラブライブ!を勝ち進めば、石川県だけではなく、北陸、そして全国でパフォーマンスを披露することになるもの。その会場に、どれだけ私たちのことを知ってくれている人がいるかは、メンタルにも大きな影響を与えるはずだわ」
- 慈
「ふーん」
そういうものかと、慈は額面通りに受け取る。
沙知は一同を見回して、少なくとも皆が乗り気であることを確認すると、大きくうなずいた。
- 沙知
「それじゃあ、きょうから約1か月半。撫子祭の成功に向けて、曲選びから衣装作り、ステージ作り、ダンスレッスン、ボーカルレッスン、諸々がんばっていこうじゃないか!」
- ユニゾン
「おー/はい!/よっしゃー」
相変わらず揃わない返事で、102期生たちがそれぞれ気合を入れる。
新たな目標に向かって、練習の日々が始まった。
だったのだが。
日々、練習をしていると、慈は【否】{いや}でも応でも理解させられてしまう。ふたりとの、差だ。
綴理のダンスは相変わらず素晴らしいキレだし、梢の歌は(緊張さえしていなければ)幼い頃から音楽に親しんでいただけあって、低音も高音も安定感が段違いだった。
スクールアイドルで世界中を夢中にする。そんな夢を掲げたものの、同級生ふたりに負けっぱなしでいるのは、慈としては面白くなかった。
とはいえ、ダンスも歌も、急激に上達するようなものではない。
こんな自分が、ふたりに圧倒的に【勝】{まさ}っているものといえば、それはやはり……。
- 慈
「……」
やっぱり、やるしかないのか。配信を。
もし配信で応援してくれる人が大勢増えたなら、ライブでの盛り上がりはふたりを上回る。技術が追い付いてなくても、スクールアイドルである以上、競うポイントはそこではない。大事なのは、いかにより大勢を幸せに、夢中にできるかだ。
結局、沙知に乗せられた気がして悔しいが、仕方ない。
やることをやらずに、綴理と梢に敗北感を抱くよりは、一億万倍マシだ。
これが自分の武器であるのなら、振りかざしてやろうじゃないか。
というわけで。
部室を片付け、スマホを固定台にセットして、慈は大きく息をつく。
久しぶりの配信だ。今さらカメラに撮られたところでと思っていたが、想像以上に自分は緊張しているらしい。
- 慈
「私はかわいい、私はかわいい、私はかわいい……」
胸に手を当て、自分に言い聞かせる。大丈夫、いつも通りやればいいのだ。いつも通りってどんな感じだったっけ? なに言ってんだ、大したブランクでもないのに!
ええい、なによりまず、やってみてでしょ!
慈はノープランで配信を始めた。出たとこ勝負だ。
世界一かわいい笑顔を作り、カメラに向かって手を振る。
- 慈
「あ、えっとぉ……どーも(笑)」
藤島 慈、記念すべき伝説の第1回配信が、始まった。
途中、沙知が様子を見に乱入してくるハプニングはあったものの、なんとか初配信をやり遂げた、翌日。
先に部室にやってきた慈は、スマホをいじる。
一応、ざっと感想を見てみようとSNSを漁ると、ちらほらと、何件か。あの藤島 慈がスクールアイドルを始めたらしい、というつぶやきが散見された。
- 慈
(でも、ま、こんなもんか)
慈も、タレントとして最初から華々しいデビューを飾ったタイプではない。端役からコツコツとオーディションを繰り返し、少しずつ積み上げて、やがて全国放映の切符を手に入れたのだ。
たった一度だけで、劇的になにかが変わるはずがないと、わかっている。
- 慈
(だとすると、なんか企画考えなきゃな……。他のスクールアイドルにはない私の強み……っていうと、やっぱり定番は雑談配信かな)
ただ、部活動の一環としての配信は、どうしても堅苦しく、面白みに欠ける気がする。
悩んでいると、梢と綴理がやってきた。
- 梢
「スクコネで配信を始めたのね」
- 綴理
「見たよ。すごい、めぐ」
- 慈
「ふふん、まあね」
とりあえず胸を張った後、尋ねる。
- 慈
「で、ふたりはなんか改善案とかある?」
- 梢
「鼻についたわ。もっと謙虚に生きた方がいいと思うわ」
- 慈
「それもう配信についてっていうか、私への罵倒じゃない??」
- 綴理
「すごくよかった。スクールアイドルだった」
- 慈
「綴理ちゃんはいい子だね~」
綴理をよしよしする。梢は不服そうだった。
- 梢
「率直な意見を求められたから、言ってあげただけなのに……」
- 綴理
「しいて言えば……」
綴理が口を開くと、梢と慈が注目する。
- 綴理
「あ……ごめん」
- 慈
「いやいや、言ってみ言ってみ。なんでも聞くから」
- 綴理
「うん……。もっとめぐのことを知りたいって思うんじゃないかな、みんな」
- 慈
「ふむ……」
顎に手を当てる。でもまあ、確かに。
思えば第1回放送は、あまりにも自分のタレントという属性を押し出しすぎた気がする。それはもちろん慈の武器のひとつだが、他にも慈にはいくらでも武器がある。
- 慈
「あー……なるほどね、閃いたよ」
- 綴理
「すごい」
- 慈
「ん、ありがとありがと」
慈が綴理の手を取る。綴理も心なしか嬉しそうだ。
- 梢
「がんばって頂戴。応援しているわ」
さらりとそう言う梢の言葉に、耳を疑う。
- 慈
「どうしたの乙宗。いつものあんたなら『無駄なことをしないほうがいいですわよ~。どうせ失敗するに決まっておりますからにして~』ぐらい言いそうなのに」
- 梢
「なに言っているの……。新しいことを始めようとしている人に、むやみやたらと暴言を吐くなんて、品性に欠ける行いでしょう……」
梢は嫌そうに顔をしかめた後、部室に置いてあるティーポットを手に取って。
- 梢
「私も、あなたは配信に向いていると思うわ」
- 慈
「デレ期……?」
- 梢
「それはよくわからないのだけれど……。私は、私にできないことができる人を素直に尊敬するわ」
なんか、むずがゆい。最初は、こいつらを見返すために始めようと思った配信だったのに、そんなに素直に応援されるなんて……。
……まあ、それはそれで別のモチベがわいてくるから、いいんだけど。
早速、今夜試してみよう。第2回配信にして、早くも視聴者の注目をかっさらう名案を。
- 梢
「ふたりとも、紅茶を淹れるけれど、飲む?」
- ユニゾン
「「飲むー」」
慈の第2回配信は、大いにバズった。
『ゆるふわお部屋で雑談配信♡』と名付けられたタイトルの配信画面を見ながら、大賀美沙知がこめかみを押さえる。
- 沙知
「やってくれたねぃ……」
- 慈
「え? なにがですか~?」
とうの本人、藤島 慈はまったく悪びれず、部室で買い置きのお菓子、まねっこドーブツをぽりぽりとつまむ。
- 慈
「そんなことより~、すごくないですか~? 私って早くも2回目にして、大注目のスクールアイドルになっちゃいましたよ~☆」
先ほどから、スクコネ配信アーカイブの再生数が、うなぎのぼりだ。
慈のアイドル性もさることながら、妙にトークがうまい新人が現れたということで、SNSでも注目を集めていた。
そのほとんどがスクールアイドルを追いかけてきて、新規に慈を知った人たちだ。
それはいい。慈はじゅうぶんに沙知の期待に応え、実力を発揮した。
問題は……。
- 沙知
「なぜ自室で……しかも、部屋着で配信をしたのかな……?」
- 慈
「私、最近、ようやくお部屋のダンボールを片付けたんですよね~」
あらぬ方向を眺めつつ、長い髪を指でくるくるといじりながら。
- 慈
「だからぁ~。このかわいいお部屋を、みんなにも見てほしいな~って~」
嘘だ。なぜ自室で部屋着姿の配信をしたのか。その理由は単純だ。
誰もやっていなかったから。そして、バズると思ったからだ。
ざっと見た限り、多くのスクールアイドルが配信活動を部活の一環と捉えていた。ほぼ全員が部室での制服配信か、あるいはグラウンド、レッスンルームでのトレーニングウェアの配信だった。
慈は、自分のことを知ってもらいたいなら、プライベートをさらけ出すべきだと思った。スクールアイドルは部の活動内容ではなく、個々の人柄を応援してもらうためのものだろうと当たりをつけて、だから視聴者と距離の近い配信をやったのだ。
そしてその目論見はほぼうまくいった。慈は狙ってバズったのだった。
だが、そのやり方にはどうも、問題があったらしい。(その予感は実は慈にもあった)
- 沙知
「藤島ちゃん……。ひとまず、バレる前にこの動画は消してもらわなきゃいけない……」
- 慈
「えっ? なんでですか?」
- 沙知
「許可が下りてないからだよ! 寮内を映すのも、私服姿で配信するのも! 一応、スクコネ自体は許可をもらってるけど……。これはちょっと、やりすぎだよぉ!」
- 慈
「えーえー」
とりあえずブーイングするものの、沙知は悲しそうに肩を落とす。
- 沙知
「あたしだって、せっかくバズった動画を消すのはもったいないと思うけど……こればっかりは、仕方ないんだ」
- 慈
「その『許可』ってやつは、いつもらえるんですか~?」
- 沙知
「さぁてねぇ……。藤島ちゃんがこれからこういうことをやりたいなら、かけあってはみるけど……。まあ、1か月や2か月じゃ、難しいだろうねぃ……」
- 慈
「じゃ、そっちはそっちでがんばってください」
軽く言い放って、慈はあっさり動画を非公開にした。ぽち。
あまりにも素直に従うので、むしろ沙知はなにか裏があるのではと勘繰ってきた。
- 沙知
「……藤島ちゃん?今回はゴネないんだねぃ」
- 慈
「まあ、私はありとあらゆるルールに、とりあえず歯向かってみようかなって思うタイプですけど」
- 沙知
「とんでもない爆弾だねぃ」
- 慈
「それで撫子祭のステージが開けないとか言われても、困りますしね」
- 沙知
「藤島ちゃん……!」
肩をすくめると、なにやら沙知が感動してくれた。
- 沙知
「あの問題児が、部のために考えてくれてるなんて……」
その言い草はかなり気になったが、まあいい。
- 慈
「それに、もうわかったんで、私」
慈は指を振って、にやりと笑った。
- 慈
「こんな動画をひとつ非公開にしたところで、私の人気は止められませんからね☆」
それから慈は、ひたすら毎日、配信をした。
メインは雑談配信だが、お便りを読む配信、だらだら近況報告配信。
疲れて眠い日は、疲れて眠いよ配信をして、慈は日々の自分のキャラクターを作り上げていった。
- 慈
「それじゃみんな、お疲れ様。バイめぐ~☆」
みんなと一緒に考えた挨拶『ハロめぐ・バイめぐ』の言葉とともに、配信を切る。
ふぅ、と息をつく。この日は部室からの配信だったが、いつもと変化をつけるために、ホワイトボードに絵を描いてみた。きょうは何の記念日? で検索した、花火の日の絵だ。
ホワイトボードを消してから廊下に出て、部室に鍵をかける。20時半からの配信は、学校の戸締まりがほぼ済んでいるので、帰りは真っ暗だ。
- 沙知
「終わったかぃ?」
すると、下駄箱で沙知が待ち構えていた。
- 慈
「あれ?先輩、待っててくれたんですか?」
- 沙知
「いやいや、こっちも事務作業が諸々残っていてね」
- 慈
「それでこの時間まで。ご苦労様です」
どうやら本当に忙しいようだ。まだ撫子祭の開催まで1か月以上もあるのに。
- 沙知
「ひとりで帰るのも寂しいから、一緒にどうかな」
- 慈
「寂しいもなにも、すぐそこじゃないですか、寮とか……」
きっとなにかの口実なのだろうと思いつつ、ふたりは靴を履き替えて外に出た。
- 沙知
「配信、楽しくなってきたかぃ?」
- 慈
「ええ、まあ」
適当に相槌を打つ。実際は、授業中もずっとネタ出しを続けている。お風呂に入っているときも、ベッドの中でも、なにを喋ろうかずっと考えている。
- 沙知
「こっちの声に応えてもらえるというのは、いいだろう?」
- 慈
「別に、これが初めてなわけじゃありませんから」
なんとなくドヤ顔の沙知に素直にうなずくのがはばかられて、慈は口を尖らせた。
だが、初めてだった。こうやって、見てくれた人と交流をするのは。
テレビは誰が見ているのかわからなかったが、配信ではひとりひとりのコメントに名前がついている。応援してくれる人が日ごとに増えていくのが、実感できる。
自分ががんばればがんばるだけ、反応をもらえる。手ごたえがある。
それは慈にとって、想像以上の喜びだった。
- 慈
「沙知先輩は、どこまで見越してたんですか?」
- 沙知
「ん?なにがだぃ?」
寮へと続く暗い道。しらを切るような沙知に、重ねて問う。
- 慈
「配信。私がこんなにハマるって、思ってたんですか」
- 沙知
「ん~。どうだろうねぃ」
沙知が腕組みをしてうなる。
- 沙知
「なんというか、藤島ちゃんは、こう、エネルギーの塊だろう? 夕霧ちゃんや乙宗ちゃんとも違ってて、外側に向かう強いパワーを感じてたんだ。だったら、せっかくなら有効活用してもらいたいと思ってね」
- 慈
「なんですか、エネルギーとかパワーとか、かわいくない……」
とはいえ、沙知の言っていることがわからないわけではない。
実際まんまと自分は配信にハマってしまったわけだし。
- 沙知
「きみが、きみだけの力で世界中を夢中にしていく。その感覚はやりがいがあると思わないかぃ?」
沙知が笑う。慈はぐっと息を詰まらせた。
今まさしく配信に夢中になっているその気持ちを、たった一言で言い当てられたのだ。
まったく……。これだから、先輩という存在は。
- 慈
「……先輩こそ、作詞してみたらどうですか? そんなの、学生にできるかどうかわかんないですけど」
- 沙知
「そうだねぇ。いつか暇になったらやってみようかねぃ」
気楽に言う沙知の隣で、慈は黙り込む。
たぶん私は、配信が好きだ。私が誰かを喜ばせて、その誰かが私を喜ばせてくれる。きっとずっと、そんな関係性が繋がる場所を、求めていたのだ。
数字だけを求めるのでもなく、ただ喜んでもらうためにやるのではなく、そのバランスを考えながらやりたいことを盛り込むのが、楽しい。腕の見せどころだと思った。毎日、次から次へと試したいことがあふれてくる。アイディアが生まれてくる。
そうだ。また思いついた。
- 慈
(明日は、私を応援してくれる人に、リスナーさんネームつけようっと)
めぐファン。めぐ組。めぐパーティー。数えるようにして道を歩いていく。
- 沙知
「きっとすごい人気者になっちゃうだろうねぃ、藤島ちゃんは」
自分のことのように嬉しそうに予言する沙知に、慈は笑う。
- 慈
「なに当たり前のこと言ってるんですか、沙知先輩」
ふたりの帰り道。空にはたくさんの星が、輝いていた。
- 沙知
「あ、人気者になる前に初回配信は非公開にしておいたほうがいいよ。あれはさすがに……炎上しちゃうから……」
- 慈
「なんなんですか!」
そして、5月の末。
この日、慈は最後に部室にやってきた。
- 慈
「ふぁぁ……。ハロめぐ~」
あくびをかみ殺しながら、挨拶する。昨夜も楽しくなって、遅くまで配信の準備をしてしまった。睡眠時間を削るのは、美容の天敵だから、なるべくならやりたくはないんだけども。
すると、先に来ていた沙知と梢、綴理は3人でひとつのスマホを覗き込んでいた。
- 慈
「ん、なになに?なんか面白いこと?」
- 沙知
「来たか、藤島ちゃん……。その様子だと、まだ知らないみたいだね」
沙知が緊張の高まった声をあげる。
- 慈
「え、なに?……炎上してた?」
眉根を寄せて、鞄を置く。
- 梢
「……いいえ、そうじゃないわ」
- 慈
「じゃあなに?有名人でもコメント欄に来てた?」
- 綴理
「めぐ、これ」
綴理がスマホを見せてきた。
そこには『今月の月間MVP』と表示されている。
- 慈
「蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ・みらくらぱーく!藤島 慈……?」
大きく、自分の名前が書いてあったのだ。
- 慈
「おー」
綴理のようにぱちぱち拍手して、それから首を傾げる。
- 慈
「なにこれ?なんかもらえるやつ?食事券とか?」
- 沙知
「そうじゃないけど!すごいことだよ!」
沙知が大きな身振り手振りで、すごさを強調してくる。
- 沙知
「これはね、配信をしている全国のスクールアイドルの中で、藤島ちゃんが今月の頂点に立った証なのさ!」
まだまだ沙知の興奮は冷めやらぬようだった。
- 沙知
「まさかここまでだったなんて!さすがだよ、藤島ちゃん!いやーあたしもなかなか見る目があるじゃないか!」
- 慈
「じゃあ、許可取りも諸々、がんばってくださいね」
- 沙知
「おうとも!実績があれば、大幅に楽になるだろう!がんばるよ!」
まあ、そこまで喜ばれると、悪い気はしない。慈もようやく自分がなかなかすごいことをしたのだろうと、実感してきた。目に見える賞状は、特に嬉しいものだ。
それになにより。
慈は頬に手を当てて、同級生ふたりを上から目線で眺める。
- 慈
「大したことありませんよ~。私は、ごく普通にやることやっただけですから~☆」
- 梢
「…………」
先日は素直に慈の配信を称賛した梢も、今は悔しそうに歯噛みしている。その顔を見るだけで、卵かけご飯が3杯はいけそうだ。
- 綴理
「めぐは、すごいね。めぐの配信、いつも楽しいよ」
- 慈
「お、じゃあ今度一緒に配信しよーよ。私も綴理ちゃんのこと、みんなに紹介したいしさ」
- 綴理
「え……?ボクで、いいの?」
- 慈
「うんうん、もっちろん。綴理ちゃんも人気出ると思うんだよね。ま、私のプロデュースがあれば、の話だけど☆」
ドヤ顔で言い放つ。まあ、きょうぐらいは調子に乗っても許されるだろう。なんたって自分は、今月の月間MVPだ。
おお……と綴理は、枕元にプレゼントを見つけた朝の子どものように、目を輝かせる。
- 綴理
「やってみたいな……。ボクはめぐみたいに、上手にはお喋りできないけど……でも、あの温かな世界に、手を伸ばしてみたいんだ」
- 慈
「任せなさいよ、このめぐちゃんに。私がいれば、ぜんぶうまくいくからさ」
胸を張る。なんといっても私は今月の月間MVPなのでね!
ついでに梢にも、含み笑いを向けてやる。
- 慈
「どう?乙宗も配信やってみない?」
- 梢
「……考えておくわ」
- 慈
「お喋りが苦手なら、私が台本書いてあげよっか?
『ハロこず~♡こず党のみなさん、こんにちは~☆梢ちゃんでーす♡』みたいな」 - 梢
「結構よ!」
噛みつくようにして顔をあげた梢が、拳を握り締める。
- 梢
「沙知先輩……!私、決めました……!」
- 沙知
「お、おお?なにを決めたんだい、乙宗ちゃん」
そうして梢は、宣言した。
- 梢
「撫子祭は、私が曲を書きます……!私が曲を、作ります!」
慈は呆気に取られた。
- 慈
「……は?」
曲を作る?それはつまり、みんなで歌う曲を、梢が作るということか?
いやいや。なにを言い出したんだ、この優等生ちゃんは。夢見てんのか?
- 慈
「そんなこと、できるわけないでしょ……」
- 綴理
「作れるの?」
綴理の問いに、梢はわずかに怯みつつも……うなずいた。
- 梢
「……ええ。試しに曲を作ったことはあるわ。中学の頃の話だけれど……」
- 慈
「あと1か月しかないんだよ?」
- 梢
「間に合わせてみせるわ」
- 慈
「練習時間の確保も必要なわけで……」
- 梢
「うるさいわね」
慈の真っ当な抗弁は、たった一言に切って捨てられた。梢は腕組みをして、今度こそ堂々と告げてくる。
- 梢
「あなたたちを納得させるだけの曲を作ればいいんでしょう!それぐらい、やってやるわよ!」
大言壮語だ。
- 慈
「いや曲作るとか、ふつーにムリだと思うけど……」
- 綴理
「楽しみだな。こずの曲、ボクも歌ってみたい」
慈は呆れ、綴理は期待に目を輝かせ、そして沙知は。
- 沙知
「……なんだか面白いことに、なってきたねぃ!」
心の底から楽しそうに、笑ったのだった。