第4話『太陽を目指した背中』
PART 2
がらがらと扉が開く音がして小鈴が入ってくる。 | |
閉め切られた薄暗い空間を、きょろきょろ見回す。 | |
小鈴 | うーん……? 電気、電気……スイッチどこだっけ。 ……まいっか。見えないわけじゃないし。 |
小鈴 | ケースがいっぱいだー。 高いところまでぎちぎち…… 確かにごちゃごちゃ。 よし、これが綺麗になれば、徒町も役に……。 |
小鈴 | さやか先輩が部屋をぴかぴかにしてるの見ると、すごいって思うもんね。 やるぞー。 |
小鈴 | ま、ず、は……とりあえずいっぺん全部降ろしちゃおうかな! ん、しょ……! |
ぐーっと背伸びして高いところに手を伸ばす小鈴。 | |
がたん、とケースがバランスを崩す音。 | |
小鈴 | はれ? |
広実 | あぶねえ!!!! |
暗転。 | |
がらがらがらがら!!!! とケースが崩れ落ちる音。 | |
小鈴 | う、うう……? |
尻もちをついた小鈴が目を開けると、小鈴を庇うように両手を広げている広実。小鈴の方を向いていて、自分の背中でケースの群れを受けた感じ。 | |
広実 | ぐっ……ってえ……!! |
小鈴 | え? |
広実 | 怪我は? |
小鈴 | 大丈夫です……って、あなたこそ!! |
よろっと広実がよろめくが踏みとどまる。 | |
痛む背中を手で押さえながら、広実は首を振る。 | |
広実 | なんとも、ねえよ……。 |
小鈴 | ご、ごめんなさい……。 |
広実 | ふん……。 |
ぶっきらぼうな広実。 | |
と、ここで広実が改めて目の前のちっこいのを見て、小鈴だと分かる。 | |
広実 | え゛、お前は……。 |
小鈴 | へ? あ、さっきの……。 |
ここで小鈴も相手がさっきの失礼な人だと気づく。 | |
広実 | ……。 |
広実は内心、やばい、会ってしまった、徒町小鈴に!とテンパっている。 | |
しかもふたりきりでこの無言の時間が耐えられない。 | |
小鈴 | 睨まれてる……!? |
広実 | に、睨んでるわけじゃっ……わけ、じゃ……! |
広実 | ……その、ええと……! |
小鈴 | ? |
広実 | う、ううううう……! |
緊張が高まっていってしまう広実が、爆発する。 | |
広実 | 睨んでるわけじゃないのだわ! 大変可愛らしいお姿を見つめていただけですわ! おほほほほ! |
緊張をごまかすために必死でキャラを取り繕おうとする広実。彼女は緊張すると、本当の自分を隠すように振る舞ってしまう。 | |
小鈴、わけのわからない状況に大混乱。 | |
小鈴 | ……。 |
広実 | ほほ、ほ……今の誰!? |
小鈴 | いやこっちの台詞!! |
頭をがんがん壁に打ちつける広実。 | |
広実 | なんなんだよそのお嬢様!! ご趣味はスクールアイドルウォッチングか!! 鳥が相手だから許されんだよ見つめる趣味は!! スクールアイドルも詩を書くからどちらもバアドですねってか…… うるせえな!? |
小鈴 | ええ……? |
小鈴がドン引きしていると、我に返った広実は逃げ出す。 | |
広実 | うわあああんそんな目でアタシを見るなあああああ!! |
そう言って扉をがちゃがちゃやる。 | |
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。開けようとしたけど開かないことがある程度分かるくらいがちゃがちゃ。 | |
広実 | ……は? |
小鈴 | え? |
広実 | あ、開かねえ……! |
小鈴 | うそ……。 |
そもそも開かないことに驚いて自分の口に手を当てる小鈴と、崩れ落ちる広実。 | |
広実 | おわった……こんな冷め切った空気で……徒町小鈴と……。 |
頭を抱えてしゃがんで呻く広実に、ええ、どうすんのこの空気……という顔で取り残される小鈴で、一度暗転。 | |
暗転が明けて、落ち込んでる広実の隣に小鈴が寄りそう。 | |
小鈴 | あのお……。 |
広実 | なんだよ……笑えよ……。 |
小鈴 | と、閉じ込められちゃって、ごめんなさい……。 たぶん、扉が歪んじゃったんですよね。 さっきので……。 |
広実 | ……。 |
小鈴 | スマホ置いてきちゃったから、その。 声出して助け求めてみたり、しようかなって。 思うん、ですけど。 |
広実 | ……。 |
小鈴 | あう。 |
広実 | ……焦らなくても、いい。 どのみちこの倉庫には閉店前に誰かが来るから……。 |
小鈴 | そ、そっか! 良かったです! |
小鈴&広実 | ……。 |
小鈴 | ……怪我、大丈夫ですか? |
広実 | 怪我は……してねえって。 |
小鈴 | 良かった……。 |
小鈴&広実 | ……。 |
小鈴 | なにか……話しません? |
広実 | え? |
ばっと両手を広げて、小鈴がわたわたと言う。 | |
小鈴 | 徒町、あまり黙ってじっとしているのが得意じゃなくて! |
そう言って背を向ける広実。 | |
広実 | ……無理だ。 徒町小鈴と話すなんて。 |
小鈴 | ど、どうして? |
広実 | …………緊張する。 |
小鈴 | えええええ!? |
小鈴 | か、徒町ごときに、なぜ! |
背を向けたまま広実が言う。 | |
広実 | ごときなんて言うんじゃねえよ。 お前は……すげえスクールアイドルじゃんか。 |
小鈴 | っ! す、スクールアイドルって知ってたんですか!? |
広実 | 知らねえわけねえだろ。 アタシは……市場でバイトしてんだから。 |
小鈴 | ご、ごめんなさい、徒町はあなたのこと知らなくて……。 |
広実 | いいんだよ別に、認知なんてしなくて。 |
広実 | アタシみたいなのとつるんでるなんて思われてみろ。 お前にもろくなことがねえよ。 |
小鈴 | そんなことは! ……あ。 |
小鈴 | さっきの、近寄るなって。 |
広実のばつが悪そうな肯定に、小鈴は理解する。 | |
広実 | ……まあ。 そういう意味では、ある。 |
小鈴 | わざわざ嫌われにいかなくても! |
広実 | そもそもアタシはここで働かせてもらってる身だ。 市場に迷惑かけるつもりはねえよ。 |
小鈴 | ……そういう、ものなんですか? |
広実 | ああ。 そういうものなんだ。 |
小鈴 | でも。 せっかくっていうのも変だけど……話せて嬉しい、かも? |
広実 | はあ? |
小鈴 | たぶん、こうなってなかったら、徒町と話してくれなかったってことでしょ? 緊張? もなくなったみたいだし。 |
広実 | ……。 |
広実 | あはは! |
広実 | そう、だな。 ……気づいたら、話せてた。 まあ、あそこまで醜態さらしたら……もう今更って思えたのかもしれねえな。 |
小鈴 | ? |
広実 | や、なんでもねえ。 ただ……ありがとな。 まさかアタシが徒町小鈴と話せるとは、思わなかった。 |
小鈴 | ふぇ? う、ううん。 徒町も、話せて良かった。 |
ふたりで笑い合う。 | |
と、そこで扉がどんどんと叩かれる。 | |
れいかさん | 小鈴ちゃーん!! 広実ちゃーん!! いるのー!? |
広実 | お。 来てくれたみてえだな。 |
広実が立ち上がり、小鈴を振り向く。 | |
広実 | ああ、開けてくれ! 扉がうまく開かないんだ!! 色々ぶつかって、歪んじまったみたいで! |
れいかさん | 分かったわ、みんなで開けてみる!! |
お手伝い終わりに、小鈴が広実のもとへ走ってくる。 | |
小鈴 | ば、バイト、大丈夫でしたか!? |
広実 | ん? ああ。 頭下げたら、それでしまいだった。 |
広実 | うちの店長は、 閉じ込められて働けなかったからってクビにするような人じゃねえよ。 |
広実 | むしろたまたまアタシを倉庫に行かせたから、 お前を下敷きにせずに済んだってさ。 |
広実 | 店長も、自分の名采配だって笑ってたよ。 だからまあ、アタシのことは心配しなくて良い。 |
小鈴 | うう……。 |
広実の優しさに当てられて、小鈴は顔を上げる。 | |
小鈴 | 徒町、なにかあなたにお礼がしたいです! なにか徒町にできること、ありますか!? |
広実 | できること……? |
小鈴 | そう! |
広実 | 健康でいてくれれば……? |
小鈴 | そんな!? やっぱり徒町にできることなんて何もない!? |
広実 | んなこと言うんじゃねえよ。 少なくともアタシは、いつもDOLLCHESTRAのステージに救われてる。 |
小鈴 | へ? |
言い過ぎたと顔を覆う広実。 | |
広実 | ……まった、今のなしで。 |
小鈴 | えへへ……ありがとう、ございます……。 |
広実 | だーーちくしょう! 子犬みてえな顔でしょげるからつい! |
小鈴 | えー、誰が好きなんですか? やっぱりさやか先輩? |
広実、顔を小鈴から背けた状態で、小鈴を指さす。 | |
小鈴、自分の後ろを見る。 | |
小鈴 | ? |
小鈴 | え!? |
後ろに誰もいないことに気が付く。 | |
小鈴 | えええええ!? 徒町!? さやか先輩じゃなくて!? |
広実 | 村野さやかは……ああいや、村野さやかサンは、 なんていうかこう、強すぎるっていうか。 |
広実 | かっけえけど。 |
広実 | アタシも、自分には何もねえって思ってるから。 そこから頑張ってるのが……好きなんだ。 |
小鈴 | そ、そうなんだ……。 徒町は、スクールアイドルの中でも、全然大したことないのに……。 |
広実 | 徒町小鈴が、 何もないところから全力で足掻くスクールアイドルだからすげえんだよ。 |
広実 | 少なくとも……アタシにはできなかった。 |
小鈴 | えっ。 スクールアイドル、なりたかったんですか? |
広実 | ……まあ、な。 |
小鈴 | じゃあさ! |
小鈴 | 一緒にやりましょうよ! スクールアイドル!! |
広実 | ……はっ。 |
広実は笑う。自嘲じみたイメージ。 | |
広実 | そっか、徒町小鈴ならそう言ってくれちゃうか。 |
小鈴 | 言うよ! なりたいと思った時になれるのが、スクールアイドルなんですから! |
その小鈴に、広実は首を振る。 | |
広実 | でももう良いんだ。 終わった話だから。 |
小鈴 | どうして? |
広実 | ……。 |
目を閉じて、言い淀む広実。 | |
広実 | ……うちの、学校……スクールアイドル部は、 実は厳しい入部試験があってな。 |
広実 | とてもじゃねえが、アタシじゃ無理だった。 |
小鈴 | そんな……徒町がそこの学校だったら、絶対に落ちてた……。 |
広実 | なに言ってんだ、お前なら楽勝だよ。 でもま、そんなとこ。 だからかな、アタシが徒町小鈴を好きなのは。 |
広実 | 勝手に自分重ねてさ。 頑張れって思いたくなる。 |
考え込む小鈴。 | |
小鈴 | ……。 |
れいかさん | 広実ちゃーん! ちょっと来てー!! |
広実 | ああ、今行く。 ……じゃあな、応援してる。 |
小鈴 | あ、うん……。 |
すたすたと歩いていく広実を見送る小鈴。 | |
やりたいことができない人を前にして、もどかしい気持ちだけが残る。 | |
小鈴 | 入部、試験……か。 |