第1話『花咲きたい!』
PART 3
花帆 | ──そのために!しつれいしまーす! |
花帆 | はい、きょうはお願いがあってきました! |
花帆 | 金沢駅前へ行くシャトルバスの本数をもっと増やして、 生徒が気軽に外出できるようにしてほしいなあ、と!できれば毎日! |
花帆 | え?理由、ですか……!? だって、そのほうがぜったい楽しいじゃないですか! |
えな | 生徒会室から追い出されたんだって? |
びわこ | さすがにそれは無茶だよ、花帆ちゃん……。 |
花帆 | 楽しいはずなのに~……。 |
しいな | まあまあ、蓮ノ空だって楽しいことはあるから。 |
花帆 | ……楽しいことって? |
えな | 勉強。 |
びわこ | 宿題。 |
しいな | 自主学習……かな。 |
花帆 | ぜんぶ同じじゃん!? |
花帆 | うわーん!放課後に買い食いとか、 学校帰りにカラオケとか、友達とウィンドウショッピングとか、 そういうのがしたかったんだよお~! |
えな | せめて近くにそういうところがあったら嬉しいんだけど。 |
びわこ | 山の中だからねえ……。 |
しいな | もう私は、諦めたよ。 なにも期待せず、心を殺して生きることにするから……。 |
花帆 | そう、それだよ! |
しいな | えっ……心を殺すの? |
花帆 | じゃなくて! そうだよ、近くにそういうところがあればいいんだよ! |
花帆 | できた……。 |
えな | なにこれ。 |
花帆 | ふふふふっ……。 あのね、誘致すればいいんだよ! |
びわこ | ゆ、誘致……。 |
花帆 | そう! |
花帆 | この学校の周辺にお店を招待して、 そして隣におっきなショッピングモールを作ってもらうの! 6 |
花帆 | 生徒たちがみんなで利用しますって言えば、 きっと偉い人からOKもらえるよ!だって何百人もいるんだもん! |
花帆 | ……ダメ、カナ? |
えな | す、素敵なアイディアだとは思うよ……。 |
びわこ | うんうん!花帆ちゃんが叶えてくれたら、 私たちの高校生活もきっと楽しくなるなあ、って! |
しいな | 今から建てても、 三年じゃショッピングモールはできないんじゃないかなあ……。 |
花帆 | だめかぁ~……。 |
えな | 私は、花帆ちゃんがそうやって頭を悩ませてるのを見るの、 ちょっと楽しいよ。 |
びわこ | それはそうかも。 |
花帆 | えー。 ……あたし、こんな学校に、通いたかったなあ。 |
梢 | 素敵な学校ね。 |
花帆 | こ、梢センパイ!ど、どうしたんですか!? |
梢 | こんにちは、日野下さん。 早速、先日言っていたお手伝いの件なのだけれど、きょうはどうかしら? |
花帆 | だ、大丈夫です。 |
梢 | それはよかったわ。 |
梢 | それじゃあ少し、日野下さんをお借りするわね。 |
花帆 | みんな、またね! |
えな | あ、はい、いってらっしゃーい。 |
びわこ | 今のきれいな人って、上級生の人、だよね? |
しいな | そう、みたい。 |
えな | なにしてるんだろ、花帆ちゃん。 |
梢 | 日野下さん、お友達との会話を邪魔しちゃって、 ごめんなさいね。 |
花帆 | あ、いえ、そんなぜんぜん。 |
花帆 | なんというかー……現実逃避していただけなのでー……。 |
梢 | あら、なにか嫌なことがあったの? |
花帆 | うえっ!?そ、それは……。 あの、その……。 |
花帆 | その、実は……。 クラスの子のひとりが、もしかしたら学校辞めたいって思ってて……。 |
花帆 | あ、いや、思っているみたいで。 |
梢 | まあ。そうなの?どうしてそんな風に思うのかしら。 |
花帆 | えっと……。どうも入ってみたら、ぜんぜん思ってるのと違ったみたいで。 それで、他の学校のパンフレットとか取り寄せてるらしくて……。 |
梢 | 確かに、年頃の女の子が三年間過ごすには、 なかなか窮屈な環境をしているものねえ。 |
梢 | クラスメイトさんの気持ちも、少しわかるわ。 |
花帆 | で、ですよね……。 |
梢 | その子は、どんな学校で過ごしたかったのかしら。 |
花帆 | どんな学校が、っていうか……。 たぶん、どういう風に過ごしたかったのか、だと思うんです。 |
花帆 | もっと毎日が華やかで、キラキラしてて、 楽しそうな友達に囲まれて、楽しそうに過ごしてて……。 |
梢 | その子にとって、蓮ノ空はそうじゃなかった、のね。 |
梢 | ねえ、だったらこういうのはどうかしら。 日野下さんがその子のために、この学校を楽しくしてみせる、っていうのは。 |
花帆 | えっ、この学校を!? そ、そんなこと、ムリですよ! |
梢 | あら、どうして? |
梢 | 案外ね、自分の好きっていう気持ちは、 思ったより周りの人に伝わるものなのよ。 |
花帆 | 好きな気持ち……。 確かに、センパイのライブは、とっても素敵でした、けど……。 |
梢 | よいしょ、と。 ああ、資材はその辺りに適当に積み上げてもらって大丈夫よ。 |
花帆 | これはなにに使うんですか? |
梢 | 次のライブのステージを、少しずつ準備しているの。 |
花帆 | ええっ、スクールアイドルって、そんなことまでするんですか!? |
梢 | それは、もちろん。 |
梢 | 歌って踊るだけじゃなくて、 その周りのことだってぜんぶするのよ。 |
梢 | 例えば、新入生勧誘とかもね。 |
梢 | ライブを見に来てくれる子は多いんだけど、 いざ一歩を踏み出してくれる子は、案外いないのよねえ。 |
梢 | あなたの友達の、村野さやかさんは、よく飛び込んできてくれたわ。 |
梢 | あとは、綴理とうまくやれるかどうか、だけれど……。 |
梢 | いえ、それはこっちの話ね。 |
花帆 | あの時のさやかちゃん、確かにすごかったです。 |
梢 | なんだか、一歩先を行かれた気分? |
花帆 | そっ、そういうわけじゃ、ない……と思います、けど。 |
梢 | ふふっ、ごめんなさい、ヘンなことを言ってしまって。 |
梢 | というわけでね、来週の新入生歓迎ライブは、 ちょっといつもより気合を入れてるの。 |
梢 | せっかく日野下さんがお手伝いしてくれているんだもの。 大大、大成功してみせないとね。 |
花帆 | そんな、あたしなんてぜんぜん。 |
花帆 | その、新しいことを始めるまでの、途中、みたいな感じですから。 |
梢 | そう。でも嬉しいわ。 いいところを見せなくっちゃね。あなたにも、そして。 |
梢 | 学校を辞めたがっているっていう、その子にも。 |
花帆 | はい、あの、あたし、せめて一生懸命、手伝いますね! |
梢 | とっても助かるわ。 まるで、スクールアイドルクラブのマネージャーさんみたいね。 |
花帆 | じゃあそれです! |
梢 | うふふ、それじゃあまたしばらく、よろしくね、日野下さん。 |
花帆 | ……はい! |
花帆 | センパイ、きれいに花咲いてて、素敵だった……。あたしは……! |
花帆 | いやー……。 |
花帆 | 寮の窓にも鉄格子がハマっててどうしようかと思ったけど、 大浴場だけは、気持ちいいねー。 |
さやか | そうですねえ……。 わたしはまだちょっと、慣れませんけど……。 |
さやか | それで今度は、スクールアイドルクラブのマネージャー、ですか? |
花帆 | ああ、うん。といっても、来週までだけどね。 おっきなライブがあるみたいで。 |
花帆 | さやかちゃんのほうは、スクールアイドルクラブ、どう? |
さやか | やりがいがありますよ。 今は毎日、とてもいい刺激をもらっているんです。 |
花帆 | そっかぁ。よかったね、さやかちゃん! |
さやか | ただ、あの……。 |
さやか | わたしって本当は、どこの部活に所属する気も、なかったんです。 |
花帆 | あれ、そうだったの? 部活見学に、あんなにノリノリだったのに。 |
さやか | あ、あれは、花帆さんがずいぶん落ち込んでいましたから、 |
さやか | ちょっと雰囲気を変えたいな、って思って……。 |
花帆 | そうだったんだ。 気を遣わせちゃったね、ごめんねえ。 |
さやか | いえ、いいんです。 今は花帆さんも元気そうですし。 |
さやか | それに、素敵な出会いがありましたから。 |
花帆 | 綴理センパイ、だよね。 |
さやか | ええ。花帆さんと離れた後で……。 夕霧先輩のパフォーマンスを見たんです。 |
さやか | その姿は、あらゆるしがらみから解き放たれたかのように自由で、 |
さやか | わたしは思わず心を打たれました。 |
さやか | ……。 |
さやか | わたし、もともと、 フィギュアスケートをやっていたんです。 |
さやか | 同じ表現の世界で生きてきたからこそ、 夕霧先輩のすごさがよくわかります。 |
花帆 | フィギュアってあの、ツルツルの上を滑って踊るやつ? |
さやか | ええ、それです。 なんですけど……。 |
花帆 | 聞かせてほしいな、さやかちゃんのこと。 |
さやか | ……あんまり、 面白い話じゃないと思いますけど。 |
花帆 | 友達の話だもん、どんな話でも楽しいよ。 |
花帆 | あっ、楽しいっていうのは、 笑ったりするってわけじゃなくて! |
さやか | わかってますよ、花帆さん、もう。 |
さやか | 花帆さんと話していると、すぐペースに巻き込まれちゃいます。 |
花帆 | そんなことないと思うけどなあ。 |
さやか | ありますよ、初対面のときから。 |
さやか | わたし、フィギュアをやっていたんですけど、 でも、そこで壁にぶつかったんです。 |
さやか | どうすればもっとうまくなれるのか、わからなくなって。 |
花帆 | もっとうまく……。 |
さやか | はい。審査員の方には“表現力”が足りていないんだ、 って言われました。 |
さやか | 自分でも考えてみたんですが、 それが少しも掴めなくて。 |
さやか | だから、蓮ノ空に来たんです。 |
さやか | 芸術分野で名を馳せた蓮ノ空女学院なら、 |
さやか | なにか新しい手がかりがあるんじゃないかって。 |
さやか | ……そして、出会ったんです。 |
花帆 | その出会いって、もしかして! |
さやか | はい。夕霧先輩の歌とダンスは、 わたしの思い描いた理想とは違って……。 |
さやか | それよりもっと、すごかったんです。 |
さやか | だからわたしは、 スクールアイドルクラブへの入部を決めました。 |
さやか | もっと理想に近づいて……昨日より、ほんの少しでも、 高く跳んだ自分になりたくて。 |
花帆 | そうだったんだ……。 素敵だね、さやかちゃん。 |
さやか | 花帆さんがいなければ、 夕霧先輩にも出会えませんでした。 |
さやか | 不思議ですね、出会いっていうのは。 |
花帆 | ええー!? じゃあそれ、まるであたしのおかげみたいじゃん! |
さやか | 少なくともわたしは、そう思っています。 ふふふ。 |
さやか | 花帆さん、前に言ってましたよね。 |
さやか | この学校で『花咲きたい』って。 |
花帆 | あ、うん。そうなんだ。 だから、あたしね……。 |
さやか | それって、スクールアイドルじゃ、だめですか? |
花帆 | え……? |
さやか | 花帆さんは、スクールアイドルになったら、 きっと楽しい毎日が待っているって、思いませんか? |
花帆 | あたしは、でも、そんな。 スクールアイドルなんて、やったことないし……。 |
花帆 | ぜんぜん、よく知らないから……。 |
さやか | わたしもです。 人前で歌うなんて、想像しただけで緊張します。 |
さやか | でも、花帆さんならそういうのも、 似合いそうだって思うんです。 |
さやか | わたしの勝手な意見ですけど……。 |
花帆 | ……。 |
花帆 | ごめん、さやかちゃん。 |
さやか | あ、いえ、すみません! |
さやか | わたしこそ、自分が楽しいからって、 花帆さんを安易に誘ってしまって。 |
さやか | ただ、一緒ならもっと楽しいんだろうな、 って思っただけなんです。 |
花帆 | あはは……。ありがとね、さやかちゃん。 |
花帆 | あたしもね、さやかちゃんとお友達になれて、 すっごくよかったよ。 |
さやか | 嬉しいです、花帆さん。 |
花帆 | ……。 |
花帆 | 誘ってくれてありがと、ほんとに、ね。 |