第1話『花咲きたい!』
PART 1
花帆 | あたしは日野下花帆、きょうから蓮ノ空女学院の一年生! |
花帆 | 地元を離れて、大都会、金沢市にやってきたの! この春から、あたしの新しい物語が始まるんだよ! |
花帆 | 寮生活ってことは、お父さんもお母さんもいない! 管理も監視もなし! |
花帆 | あたしの夢を阻むものは、なんにもなし! |
花帆 | あたしはここで、花咲くんだよ! |
さやか | ……え? |
さやか | あの、どこかで会ったことが。 |
花帆 | ないよ。あ、でも同じ一年生だよね。 |
花帆 | ほらほら見て見て、あたしも同じ蓮ノ空女子! きょうからよろしくね! |
さやか | す、すっごく喋りますね……。 |
花帆 | うん! 今あたしね、開放感に満ちているの! |
花帆 | 長いことずっと、土蔵の中に閉じ込められて……。 それからようやく開放された気分! |
さやか | そうですか……。 |
さやか | ではわたしはこれで……。 |
花帆 | 待って、どこいくの!? |
花帆 | ええっ!? もっとお喋りしようよー! |
花帆 | せっかくバスで隣の席になれたんだよ!? これってもう運命じゃん! |
さやか | ぜんぜん大した縁じゃないですよね、それ! |
花帆 | ね、お名前は? |
さやか | ……。村野さやかですけど……。 |
さやか | あの、日野下、さん。 |
花帆 | 花帆でいいよ、さやかちゃん♡ |
さやか | ……。 花帆さん。言っておきますけど。 |
花帆 | うん。 |
さやか | すみません、わたしはこの学校で、 あまり人と仲良くする気がないので……。 |
さやか | ですから、わたしと関わっても、楽しくないと思いますよ。 |
花帆 | そうなんだ! えっ……友達作るの、苦手なの……? |
さやか | 違いますっ! |
花帆 | 大丈夫だよ、さやかちゃんすっごくかわいいから、 すぐにお友達たくさんできるよ。 |
花帆 | ね、さやかちゃん。そういえばさやかちゃんって金沢駅詳しい? |
花帆 | あたしなんてきょう朝四時に送ってもらってあちこち見て回ったんだけど |
花帆 | お麩のフレンチトーストってのがあって |
さやか | かなり強めに拒絶して、 自分でも言いすぎかなって思ってた矢先に、喋りすぎじゃないですか!? |
さやか | 長い間、土蔵にでも閉じ込められていたんですか!? |
花帆 | さやかちゃん、そんなにはしゃいで、なんだか楽しそうだね。 |
さやか | 誰か、席変わってもらえませんか!? |
花帆 | うーん、きょうはすっごくいい天気だね。 |
さやか | ……金沢は曇りが多いから、珍しいですね。 |
花帆 | っていうか、駅からバスが出てるなんて、さすが私立じゃない? 蓮ノ空、あたしずっと入学式が楽しみだったんだ。 |
さやか | そうですか……。 芸術分野に秀でた、有名な学校ですからね。 |
さやか | 日野下さんも、なにかやっていたんですか? |
花帆 | え? なんにも? |
さやか | なんにも、って……。 それで、よく合格できましたね。 4.7 |
さやか | え、相当すごいことじゃないですか? |
花帆 | 勉強すっご~~くがんばったの!校舎だってまだ見てなくて。 |
花帆 | そのほうが楽しい気持ち、いっぱい膨らむかなって! |
さやか | あの、どうしてそこまで、蓮ノ空に? |
花帆 | 実は、お母さんがね、 あ、うちの親ってすごく過保護なんだけど、 |
花帆 | 蓮ノ空なら全寮制だから、地元を離れてもいいよって言ってくれたんだ。 |
花帆 | あたし、ようやく、ようやくね、自由になれたの! |
さやか | ええと……。自由、ですか……。 |
花帆 | だからね、ふふっ。蓮ノ空女学院でなら、 きっとあたしの夢が叶うはずなんだ。 |
花帆 | そう、『花咲く』っていう、あたしのおっきな夢が──! |
花帆 | こ、ここが蓮ノ空女学院──!? |
花帆 | すごい、パンケーキのお城に、テレビで見たクレープ屋さんも! |
花帆 | わっ、さやかちゃん、すっごい映えスポットもある! |
さやか | 歩いている方々も、芸能人みたいに綺麗で……。 こ、これが高校生……! |
花帆 | さすが金沢! すっごい、すっごーい! |
花帆 | すごーい……。わぁ、フレンチトースト食べほうだぁい……。 |
さやか | 花帆さん、つきましたよ、花帆さん。 |
花帆 | へあっ? わ、あたし寝てた!? |
花帆 | ごめん、ありがとうさやかちゃん。 ありがと……う? |
花帆 | ええと……乗り過ごして、とんでもないところに来ちゃった? |
さやか | いいえ。 |
さやか | こちらが……蓮ノ空女学院です。 |
花帆 | な──。 なんで山の中にあるの~~~!? |
寮母 | というわけで、恵まれた大自然の中で、 皆様には厳粛な規律と、確固たる伝統を学んでいただきます。 |
寮母 | いいですか?規律と伝統、ですよ。 どちらが欠けても、蓮ノ空女子としての品位に関わります。 |
寮母 | 寮では、門限厳守でお願いします。 夜は明かりがなく、山道は危ないですからね。 |
寮母 | バスは週末に一度。金沢駅前行きのバスが出ています。 必要なものは、そこで買い揃えてください。 |
寮母 | ただし、事前に外出申請と、許可証が必要です。 自由行動はできません。ご留意ください。 |
花帆 | ──なんで~~~~~~~~~!? |
さやか | ……はぁ。 |
さやか | って、えぇ!? |
花帆 | ……………………。 |
さやか | あの……花帆さん? 花帆さん、ですよね? |
花帆 | あー……。 |
花帆 | さやかちゃんだー……。 同じクラスだったんだー……。 やったねー……あははー……。 |
花帆 | はは…………はぁ。 |
さやか | ど、どうしたんですか、いったい。 昨日の元気はどこにいったんですか……。 |
花帆 | 人はパンのみにて生きるにあらず、だよ、さやかちゃん……。 希望がなくっちゃ、人は生きていけないんだ……。 |
花帆 | ……あたし、新生活でぜったい花咲こうって決めてたのに。 規則、規則、厳守、規則でさ。 このままじゃ、しおれちゃうよぉ……。 |
花帆 | そういえば、ごめんね、さやかちゃん……。 あたし初対面なのにぐいぐい話しかけて、ずうずうしかったよね……。 |
花帆 | ちゃんとなるべく関わらないようにするから……ごめんね……。 |
さやか | ああもう!そのことはもういいですから!わたしが悪かったですから! |
さやか | ほら、あの、きょうの放課後から、部活紹介とか!あるみたいですよ! |
花帆 | 部活かぁ……。 なにか見つけたら、あたしの牢獄みたいな高校生活にも、 ぱーっと光が差し込んでくるのかなぁ……? |
さやか | それはわかりませんけど! でも、動かなくっちゃなにも変わりませんよ! |
さやか | ほら、わたしもご一緒しますから! |
花帆 | えっ……さやかちゃんも?いいの? |
さやか | そんな顔でずっと隣にいられても、困ります! |
花帆 | そっかぁ……さやかちゃんは、優しいねえ……。 つらい心にしみこむねえ……。あ、泣いちゃいそう。 |
さやか | なんなんですかあなたは、もう! |
花帆 | 学校の周りをぐるっと回ってみたけど、 ほんとになんにもないとこだねー……。 |
花帆 | 名産は緑。特色は山。名物は坂道で、 名所は高台……って感じ……。 |
さやか | 一応、校内に購買部があって、 必要なものはそこで揃うみたいですけど……。 |
さやか | あの、本当になんにも知らず、蓮ノ空に来たんですか? |
花帆 | ……あたしね、小さい頃は体が弱かったの。 だからお母さんたちをすごく心配させちゃって。 |
花帆 | あ、小学校行く頃はもう大丈夫だったんだよ! でもお母さんたちの心配はそのままで。 |
花帆 | 学校には送り迎え。門限も厳しくて、あんまり友達とも遊べなくて。 |
花帆 | だからね、そんな毎日がず~~~っと続くのは、どうしてもいやだったの! |
さやか | 花帆さん、お嬢様だったんですか? |
花帆 | そういうわけじゃないけど! |
花帆 | だからね、お父さんとお母さんと、粘り強~く交渉して……! |
花帆 | ようやく、手にしたのが蓮ノ空への切符! |
花帆 | 不合格だったらきっぱり諦めるつもりだった。 言うこと聞いて、迷惑かけないいい子になろう、って。 |
花帆 | けど、あたし、合格したんだよ! それなのに、それなのにぃ~~~! |
花帆 | あたしね、ずっと花咲きたかった。 |
さやか | それ、先ほども……。 |
花帆 | うん。 |
花帆 | お花って、道を歩いても目に留まるでしょ。 |
花帆 | 羨ましかったの。好きなことをしてる友達とかが、とてもきれいに見えて。 |
花帆 | あたしだって、自由に自分らしく生きられたら、 きっと花咲けるんだって思ってた。 |
さやか | だから環境を変えるために、この学校に? |
花帆 | うん。家を離れて、好きなことをして、 楽しく過ごしたかったのに……。 |
花帆 | ……ここには、学校しかない。学校以外、なんにもない……。 また勉強だけの毎日なんて、やだよ……。 |
さやか | 花帆さん……。 |
さやか | わたしも、その、花帆さん風に言うなら、 いろいろあって、この学校にやってきました。 |
さやか | だからやりたいことを思うようにできない、 花帆さんの気持ち、少し、わかります。 |
花帆 | ほんと……? さやかちゃんも、一緒なの……? |
さやか | はい。 わたしも、自分を変えるために、蓮ノ空にやってきたんです。 |
さやか | 花帆さんも、楽しいことを見つけられたらいいですね。 |
花帆 | さやかちゃん……うん、ありがとう。 |
花帆 | そうだよね、待っているだけじゃだめだよね。 |
さやか | 花帆さん? |
花帆 | うん、なんかあたし、わかったかも! |
花帆 | 環境を変えるためには、まず自分が動かないと! そういうことだよね!? |
さやか | え、ええ。たぶん。 |
花帆 | よーし、あたしすごいことやっちゃうんだから! |
花帆 | ありがとうね、さやかちゃん。もしかしたら短い付き合いになるかもだけど、 これからもよろしくね! |
さやか | あ、花帆さん! |
さやか | もう、行ってしまいました。 オンとオフしかない蛍光灯みたいな人ですね……。 |
さやか | うん?あれは……。 |
さやか | ……スクールアイドルクラブ? |
花帆 | そうだよ、お行儀よく待ってなくたっていいんだ。 あたしにはあたしの道が、無限の未来が待ってるんだから。 |
花帆 | そのためには、まずは学校を── |
花帆 | 脱走だ! |
花帆 | あたしは自由になるんだ!いくぞー! |